30.きみが見ている空は、どんな色だろう





藍龍蓮は知っている。上の兄三人の寵姫である少女は、真実誰のものにもなりはしないのだ。
一目見たときから分かっていた。あれは異国の、異世界のものだ。こちらの世界で息をしようと、根付くことはありえない。いずれ元いた世界に帰る、朝焼けの露と同じ存在。
そうと分かっていながらも、彼女を愛でる兄らが龍蓮には理解できなかった。「藍龍蓮」だからではない。純粋に理解出来なかったのだ。兄たちが少女を真に愛でているからこそ、少女がそれと同じ愛を返すことはないと彼らが知っているからこそ、不思議で不可思議で仕方がなかった。
あれは異世界から来た少女だ。

けれどそれ以前に、「恋することに欠けた少女」だ。

龍蓮、と呼ぶ声に嘘がないことを知っている。優しさと愛に溢れたそれは、慈悲から来るものに近いのだろう。
差し伸べられる手のひらも、施される無意識の包容も、すべて彼女の本質だ。尊いものに違いはないのに、彼女は決して一線を越えない。越えることが出来ないのだと、言葉を交わしていくうちに気がついた。彼女の内には一線が存在しないのだ。
決して誰にも恋をしない。愛しはするけれど、それはすべてに平等だ。真実の意味で、彼女は誰も望まない。
例え世界から人類が消えたとしても、彼女は一人、生きて死んでいくことが出来るだろう。絶対を持たない彼女は自分よりも「藍龍蓮」だ。同類のはずなのに、今は淋しさだけが胸に募る。
自分にとっての心の友が、彼女にとっても在れば良いのに。そう考える自分に驚きを覚えた。いつしか世界は拓かれていた。秀麗の前に、影月の前に、そして―――の前に。

幸せであれと願う。それが愛なのだと、初めて知った。

、と呼ぶ自分の声は、もしかしたら甘いのかもしれない。兄たちと同じ熱を帯びているのかもしれない。けれど今は気づくことを避け、ただ名前を呼び続けよう。
そう決めて龍蓮は毎夜、異世界の道具を使って少女との逢瀬を繰り返す。
彼女といるときには笛を吹こうと思わない自分に、彼はすでに気がついていた。





茶州より、愛を込めて。
2006年9月3日