25.出る杭はそのまま抜かれて叩き折られる





深夜一時を過ぎても花街は相変わらずの賑わいを見せている。いいねぇ、今度本気で遊びに来よう。一日妓女体験とかさせてくれないかなぁ。もちろんお触りは厳禁で。
「そういえば胡蝶さん」
「何だい、嬢ちゃん」
「私の国の文化に、SMっていう嗜好があるんですよ。SはサディストのSで、『相手をいたぶることで快感を得る人』のことを指します。逆にMはマゾヒストのMで、『相手にいたぶられることで快感を得る人』を指すんです」
「へぇ、面白いねぇ。あたしはそれでいくとエスってのになりそうだよ」
「胡蝶さんにいたぶられたら男の人も本望ですって。ちなみに私もSなんです。で、楸瑛さんは一見Sのように見えつつも」
「エムだね、あれは。自分を痛めつけて喜ぶ種類だよ」
見解の同意を得ましたー! なので楸瑛さんはM決定です。
あら、何でそんなに冷や汗を流してるんですか、楸瑛さん。大丈夫ですって、優しくしますから。でも締めるところは締めないとねぇ。魔法使ってない分だけ、手加減されてると思って下さい。
それでは魔女っ子による楸瑛さん矯正計画の始まり始まりー。



「では、手紙を送ってきたお嬢さんを仮にA子さんと致しましょう。年は15。うっわ楸瑛さん最低ですねぇ、そんな若い子に死を選ばせるような恋しかさせられないなんて。勤めは後宮。名家の出身で、愛らしく琴の上手い、おとなしい15歳の少女です」
「・・・・・・殿、その情報はどこから」
「質問は我が身を反省してからなさって下さい。そんなA子さんから『今夜中に会いに来てくれないと死にます』という内容の手紙が届きました。しかし受け取ったのは藍邸に居候してます、張本人の兄上方の愛人さん。さぁ彼女は困りました。どうしたものかと考えました」
「あたしなら藍様なんかに教えないで、そのA子さんってのを説得するね。男なんかのために死ぬことはないんだよ。15歳なんてこれからいくらでもいい男を見つけられるじゃないか」
「激しく同感です。愛人さんは考えました。とりあえず今夜も不在の張本人を家人さんたちに探してもらいつつ、どうにかA子さんを思いとどまらせるために、後宮に人をやりたいと考えました。しかし後宮といえば王の根城。そんなところにいくら藍家三つ子当主の愛人とはいえ、介入することは出来ません。今年及第したばかりの下っ端官吏としてなら更にです」
「おや、秀麗嬢ちゃんと一緒に及第した女官吏ってのは嬢ちゃんのことだったのかい」
「ええ、おかげさまで楽しく官吏をやってます。なので愛人はこう考えました。自分が入れないのなら、誰か後宮の人と知り合いの方、もしくは王様と直接繋ぎの取れる方に頼めばいいんじゃないか。そしてさっそく愛人は行動に移しました。さぁ楸瑛さん、ここで問題です。愛人さんは一体誰に連絡を取ったでしょうか。1:基本中の基本、王様の側近で楸瑛さんの腐れ縁、李侍郎こと李絳攸さん。2:今は茶州で頑張っているに違いない、一時后妃だったこともある秀麗ちゃん。3:筆頭彩七家当主は伊達じゃない、愛人にはとっても優しい三つ同じ顔なお兄様方。さぁ、どれでしょう?」
「三だったら面白そうだねぇ、ふふ」
「願望が顔に出てますよ、楸瑛さん。答えは4:王様と深く長く愛情に満ちた友好を築いている、秀麗ちゃんのお父上こと邵可さんです。愛人さんは邵可さんのお宅に出向き、頭を下げて頼みました。そうしたら寝ているところを叩き起こされたはずの邵可さんは、快く引き受けて下さいました。そのときの台詞がこれです。『私は秀麗が後宮に上がったときに知り合った女官がいるからね。その人に頼んで、A子さんを見ていてもらうことにしよう』。・・・・・・おやー? 楸瑛さん、何だか顔色が悪いですねぇ。色男な顔が今は真っ白を通り越して真っ青になってますよ。体調が芳しくないようですし、ここらでお話は打ち止めにします? さぁ、どうぞゆっくりとお休みになって下さいませ。ええ、それはそれはぐっすりと」
「ぷっ・・・! くくく・・・嬢ちゃん、あんた、確かにエスだよ。ものすごいエスだ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。じゃあ楸瑛さんも横にならないようですし、話を続けますかね。愛人さんは後日お礼を申したいため、その女官さんのお名前を尋ねました。そうしたら邵可さんは穏やかに微笑んで教えて下さいました。その恩人の女官さんのお名前は―――珠翠様だと」
「・・・・・・っ!」
「はーい、どこへ行きます、楸瑛さん? 今日はもうどこへ出かける気もないのでしょう? さっきそうおっしゃってましたよねぇ、胡蝶さん?」
「あぁ、そう言ってたねぇ。どこに行く気だい、藍様?」
「放せ、胡蝶!」
「つれないねぇ。いつもは離れるなと囁くくせに」
「うっわー暴露話だぁ。今まで散々怒られてきたんですから、ここで一つ罪状が増えようが関係ないのでは? ええ、それでA子さんが本当に命を絶ってしまったとしても、楸瑛さんは全然悪くは思わないのでしょう? まぁ、多少は心を痛めるかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。女遊びを控えるとは到底思えませんしねぇ。だけど、うん、珠翠さんはどう思うんでしょう。いい加減に見限られるのは確実ですよね。むしろ侮蔑され、挨拶すら交わせず、それを力で食い止めようとすればするほど、きっとあなたを見損なうんじゃないでしょうか。あーあ、楸瑛さんの恋もこれで終了。新たな恋に頑張って下さい。別にこれくらいどうってことないですよねぇ? だって楸瑛さんは今まで、数え切れないくらいの女性の恋を、心なく潰してきたんですから。これくらい全然平気ですよねぇ?」
「・・・・・・っ!」
「我が身に置き換えて、初めて気づきます? 恋愛なんて出来るうちが華ですよ。だから大切にして下さい。自分の恋も、自分に捧げられた恋も。ただでさえあなたは、彼女たちの恋に応えられないんですから。丁寧な対応は当然でしょう? 敬意を持って接してあげて下さいな。女性っていうのは、本当に恐ろしい生き物なんですし」
「・・・・・・今、身を持ってそれを知ったよ」
「そうですか、それは良かった」

にっこり微笑み合うけれど、その足が僅かに身じろぎしたのを見逃しません。諦め悪いな、この人は。さぁ改造ポケット、出番だよ!

取り出した魔女っ子ロープで楸瑛さんをがんじがらめにしてみる。亀甲縛りとかにした方が良かったかなぁ。何たってMの総意が取れてるしねぇ。爆笑してる胡蝶さんを背景にしつつ、私はごろごろ転がる楸瑛さんに、渾身の笑みを浮かべて見せた。
「ごめんで済んだら査問会はいらないんですよー。なので今夜一晩は、ここでA子さんと珠翠さんへの言い訳でも考えていて下さいな」
あ、もちろんA子さんが自殺しないように、珠翠さんに睡眠薬は手渡し済みですからご心配なく?
何か文句を連ねようとする口に、そこらへんにあった手ぬぐいを巻き付けてみた。あらイイ男ですよ、楸瑛さん。

「女性には徹頭徹尾優しくするとお約束して頂けるまで制裁は続きますから。楸瑛さんの一日も速い価値観の上塗りを願ってますよー」

ひらひらと手を振って、今夜はこれにて放置です。振り返ったら胡蝶さんは楽しげにお酒を用意して下さっているし。酒器を渡されて受け取って、注がれた最高級のお酒に万歳です。
「それじゃあ」
「女性の栄光と素晴らしい人生を願って」
胡蝶さんとグラスを鳴らす。

「「乾杯!」」





簀巻き楸瑛さんを肴に盛大なる宴を。
2006年9月1日