22.乙姫様の真意





足を踏み入れた瞬間、ざわっと周囲が驚いたのが分かった。そりゃあそうでしょう。花街に女性が来るなんて働き手でもない限りなさそうだし、それがこんなに身なりのよいお嬢さんならなおさらのこと。そのためにわざわざ、一番高い衣を着てきたんですよー。ここぞとばかりに侍女さんたちに着飾って頂きました。見た目は完璧に名家のお嬢様になっているはず。さぁ、ここからは実力勝負!
顔はしっかりと前を向いて、顎を引く。足取りは小さく、愛らしい少女を体現して。胸元で合わせた手は握りしめて、小刻みに震えさせる。まなざしは毅然と、だけども緊張と不安と悲しみに満ちた濡れた瞳で飾り、全体としては「女性の同情を引く少女」を目指してみたつもりです。
もちろん声もほどよく演出して、玄関ホールにいる人みんなに聞こえるよう、細く高く張り上げる。
「わ、わたくしは・・・っ・・・藍、と申します・・・!」
しゃらりと髪で鳴る簪は、もちろん藍家直紋の双龍蓮泉。それを引き抜き、ぎゅっと握りしめて言葉を続ける。
「ここに夫が・・・・・・藍、楸瑛が来ていると聞き、お伺い致しました・・・! どなたか、お取り次ぎ下さるようお願い申し上げます・・・・・・っ!」
今にもこぼれそうな涙と、張り詰めた表情は恋をしている少女のもの。あー・・・私、女優になれる気がしてきたよ。演技繋がりで、今度黄戸部尚書にガラスの仮面でも作ろうかなぁ。それはそれでかなり楽しそうだよ、うん。

待っていると、玄関ホールには続々と見物人が増えてきた。文化祭から市の会館、コンサートホールクラスに発展しそう? そんな中に現れたもう一人の主役こと楸瑛さんは、それはそれは美人な女性を隣に引き連れていらっしゃった。うっわー絶対紹介してもらおう! これが終わったら絶対紹介してもらう! 
そのためにはまず、この場を片づけることから始めなくては。
私を見て驚いている楸瑛さんよりも先に次の動作に移る。演技は間合いとタイミングが命です。
握りしめた簪の音が、玄関ホールに大きく響く。ここで笑えないのは、まだ幼い少女だから。
「・・・・・・楸瑛様・・・わたくしにこれをお与え下さったのは、やはり遊び心だったのですね・・・・・・」
それでも視線を外さないのは、恋をしている少女だから。裏の意味は楸瑛さんを引き付けて、余計なリアクションを取らせないため。
「確かに・・・・・・確かに、はまだ幼く、楸瑛様からすれば子供にしか見えないのかもしれません。そちらの方のように、女性の魅力も持っておりません・・・」
あーでも本当に魅力的だなぁ、胡蝶さん。決めた。黎深さんの報酬で、今度胡蝶さんにお相手してもらおうっと。
「ですが、は楸瑛様をお慕いしております。楸瑛様も・・・っ・・・『共に歩もう』と言って下さったのは戯言だったのですか? 『愛している』と言って下さった、あの日のお気持ちは嘘だったのですか・・・・・・!?」
あ、ここで楸瑛さんが反応した。周囲の白い目に気づきだしたよ。うっわー慌ててる、慌ててる。
だけどもう遅いのです! ガラスの仮面、作成が決定しました! その証としてぽろりと涙をこぼし、フィニッシュとさせて頂きましょう!

「わたくしを妻にと望んで下さったあの夜は、幻だったのですか・・・? 楸瑛様・・・・・・っ!」

女性の涙とけなげさと愛らしさに勝てるものなどそうそう存在しませんよ。
もう負けを認めたらいかがですが、楸瑛さん? まぁ向こう三ヶ月はこのネタで妓女の皆さんも持ちきり。花街の出入りは出来ないでしょうけどねぇ。





王道だけど、だからこそ効果は絶大。
2006年8月30日