11.カプチーノと洋菓子と貴方と、
十六衛さんたちを相手に戦っていたはずが、いつの間にやらマッチョたくましい系な男性二人と剣を交えていて、ギャラリーの料理人さんたちと多分武官さんらに応えながらバトルとかしていたら、非常に疲れきった感じの楸瑛さんが現れた。実は羽林軍の大将軍だったらしい男性二人を説得して、私をその場から連れ出した彼は、それはそれはお疲れな横顔をしていらっしゃって。思わず「大丈夫ですか」と声をかけたら、「手のかかる弟妹は龍蓮一人で十分だよ」とぐしゃぐしゃ頭を撫でられた。そして「明日の昼までここでおとなしくしてなさい」と放り込まれたのが、離宮の一つ。そこにはすでに先客がいらっしゃった。
「・・・・・・藍家の小娘か」
紅の扇を開いているのは、紅吏部尚書。三つ子情報によれば藍家と肩を並べる紅家の当主で、かなりの性格曲がりの変人さんだとか。
そんな紅黎深さんと一応嫁入り前な私を一晩を共に過ごさせるだなんて一体何を考えてるんですか。ねぇ楸瑛さん。
藍家と紅家は仲が悪い。正確に言えば、当主同士の仲が悪い。
三つ子は秀麗ちゃんのお父様の邵可さんがどうとかこうとか、邵可さんを一人占めしようとする紅吏部尚書がどうとかこうとか言ってたけど、喧嘩は双方の意見を聞くのが基本だしね。とにかく嫌い合ってるってことだけが今の基本情報だ。
そんな噂の紅吏部尚書は、扇で口元を覆いつつ、じろじろじろじろと私のことを観察してる。見定められてるよ、私。どうするよ、私。
あーでも紅吏部尚書も三つ子とはまた違った感じの美形だなぁ。三つ子は色男系だけど、紅吏部尚書はクール系の美貌。三つ子と同じ年ってことは、30代前半? うっわー若かりし頃が見てみたかった! 似姿とか残ってませんか?
「・・・・・・ふん。こんなちんくしゃに双龍蓮泉を与えるとは。あの三つ子らも地に落ちたな」
「うっわー・・・ちんくしゃって初めて言われました。まぁ紅家の当主で寄り取りみどりな方からすれば、確かに私はちんくしゃでしょうけれど」
「どこをどう見てもちんくしゃであろう。本当にあの三つ子が何故おまえを寵姫としたのか、まったく理解に苦しむ」
ぱたぱたと扇をはためかせている紅吏部尚書。あーでもその気持ちは分かります。多分三つ子は、私が魔女っ子だから拾ったのかと。でもって愛でてくれてるのかと思います。
明日の昼までやることもないし、女官さんから裁縫箱を借りて、適当に時間を潰すことにした。定期的に連絡を入れてきてくれる龍蓮のために、心の友セットでも作るとしよう。うん。
「・・・・・・手先は器用だな」
「希望配属先は工部ですから。この一ヶ月ちょっとは厨房にもいたし、もう料理は完璧ですよ」
紅吏部尚書も閉じ込められて暇らしい。というかこの人は自分から軟禁状態に入ってるらしいけど。女官さんに茶を入れさせ、ちくちく針を走らせる私の手元をじっと見ている。
箱の中で一番派手な布を取り出して、切って、巻いて、はい出来上がり。
「藍家の末弟か」
「イエス。よく出来てるでしょう」
完成したミニ龍蓮を紅吏部尚書に手渡す。手のひらサイズのそれは、デフォルメされた布製の人形だ。やー龍蓮はいいね。とりあえず奇抜な格好をさせて孔雀の羽を頭に差せば、みんな理解してくれるんだから。
二つ目は髪を後ろでちょこんと結わいて、三つ目は怒り気味に目を少しだけ吊り上げて、と。
「杜影月に碧珀明」
「正解です。って、龍蓮をいじめないで下さいよ。恨みは三つ子自身にぶつけて下さい」
ミニ龍蓮を取り上げて、影月君と珀明君と一緒に並べる。頭の上に紐をつけて、後で全部繋げよう。
「そして最後に秀麗ちゃん。これで完成!」
ミニ秀麗ちゃんには格別の愛を込めました! いやいや女の子の人形はやっぱり可愛くないとね。編んだ紐で四人をまとめて、はい終了。後で龍蓮に送ってあげよう。きっとお礼の笛が聞けること間違いないよ。個人的にはやっぱり違うお礼が良かったりするけれど。
そんなことを考えていたら、針をしまおうとしていた手を、誰かにがしっと掴まれた。っていうか、ここには私ともう一人しかいないけど。
「そそそそそその秀麗人形をゆ、譲ってくれ・・・・・・っ!」
必死だよ、紅吏部尚書。兄一家ラブで姪こと秀麗ちゃんに名乗れずストーカーと化しているって三つ子の話は本当だったのか。
「な、何なら金も払う! 金10両でどうだ!?」
金10両。それは彩雲国で一人が一年楽に暮らせるだけの金額だ。え、ちょっとさすがにそれは申し訳ないんですけど。それだけ紅吏部尚書の秀麗ちゃん愛が激しいということか、それとも名乗れない月日が彼を迷走させているのか。
「金20両ならどうだ!? 言い値を払うから、是非その秀麗人形を私に・・・・・・っ!」
何かもう可哀想になってきた。同時に愛しくもなってきたよ。どうするよ、三つ子。
「紅吏部尚書、これは一人旅行く龍蓮のための心の友セットなのでお売りできません。その代わりに、秀麗ちゃんと邵可さんで紅家長兄家族セットをお作りしましょうか?」
そう告げた瞬間の、紅吏部尚書の顔と言ったら、もう。
とにかくそんなこんなで、私はちくちくと人形作りに精を出し、何故か魯官吏がいらっしゃるまで、紅吏部尚書と仲良くほのぼの過ごしたのだった。
ちなみに「お代は邵可さんと秀麗ちゃんへのお気持ち次第で」とか言ってみたら、金五百両にプラスして簪とか着物とか、とにかく高そうなものが山ほど貴陽藍邸に送られてきた。
「紅家専属として雇ってやる」とまで言われたし、官吏を首になった際にはそうしてもらおう、そうしよう。
三つ子の反応が微妙そうだけれど、よい人と知り合えたなぁと思った。
黎深様を望まれた方、こんな黎深様で申し訳ない・・・。
2006年8月23日