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06.勝算の無い賭けなんてしないよ
王が秀麗と影月の護衛に付き、それ故の不在を必至でごまかしていた絳攸は、ふと思い出した内容に眉をしかめ、けれど向かいで片手間に書類を片しているらしい楸瑛に問いかけた。
「おい」
「何だい、絳攸?」
「今回及第した久堂昭乃が、藍家当主らの寵姫というのは本当なのか?」
その瞬間、絳攸はとても珍しいものを見た。いつもはこちらが頭に来るほどに余裕な態度を崩さない楸瑛が、手にしていた文箱らを一斉に落としたのである。
その騒がしさに絳攸は眉間に皺を寄せたが、楸瑛はぎこちない動作で振り向き、更にぎこちない笑みと声で尋ねてきた。こんなときでも笑みを絶やさない彼に、絳攸は変なところで感心する。
「こ、絳攸・・・・・・その情報は、どこから得たのか聞いてもいいかい・・・?」
「黎深様だ。あの方の藍家当主嫌いは、おまえも知ってるだろう」
「知ってるよ・・・・・・知ってるけどね」
はぁ、と大きく溜息を吐き出す楸瑛は、いつにない影をまとっているように見える。こんな彼を見るのは、そう、つい先日の進士式で、榜眼及第者がトンズラをかましたとき以来だ。
楸瑛にこんな表情をさせる相手は珍しい。しかもその相手が日頃彼の得意としている女ということもあり、ほんの少しだけ絳攸は興味を抱いた。
「それでどうなんだ? 本当に藍家当主たちの寵姫なのか?」
再度の問いかけに、とりあえず落としてしまった文箱を拾い上げながら、楸瑛は答える。
「・・・・・・あの簪を見れば分かるだろう? 彼女は正真証明、藍家三当主が愛でている姫君だよ」
「だったら何で藍家はそいつを朝廷に出してきた? 寵姫なら普通は後継ぎを生ませるために家にいさせるものだろう」
「何と言うかね、それは『彼女の希望だった』としか答えられないな。昭乃殿はそこらへんの姫君とは違う、稀有な方だから」
むしろ魔可不思議で天災のような、あの兄たちや龍蓮が気に入るだけはある中身なんだけれど。そんな楸瑛の呟きはあまりに小さく、絳攸の元までは届かない。
「今は確か・・・・・・厨房で皿洗いをしてるんだったな」
「いや、皿洗いから野菜の切り出し係に昇格して、今は一料理人として腕を揮っているそうだよ。牡蛎と茸の炒めものは君もさっき食べただろう? この前君が美味しいと言ってた韮と焼き豚の生春巻も、昭乃殿の作だと聞いているし」
「・・・・・・進士のはずだよな?」
「何せ魯官吏に目をつけられているからね。でも心配するだけ無駄だよ。彼女はすでに厨房の支配者だ」
楸瑛はどこか遠くを見るように目を細めたが、何かに気づいたかのように眉を寄せて苦笑する。そして表情を柔らかに変え、彼は絳攸へと言葉を告げた。
「絳攸、黎深様に伝えてくれるかい? 『昭乃殿は確かに藍家三当主の寵姫だけれども、あなたも間違いなく気に入るでしょう』―――と」
大きく目を見開いた親友に、楸瑛は僅かに肩をすくめる。けれども告げた内容は八割方現実となるだろう。一筋縄ではいかない相手に、より好かれる質なのだ。
―――あの、魔女っ子は。
楸瑛さんは毎日お屋敷で魔女っ子と顔を合わせています。一つ屋根の下。
2006年8月21日