02.はちみつ味の笑顔
まとうのは藍色の衣。もちろん手触りは最高級の逸品で、仕立ても流行の最先端? 化粧は濃くなく薄くもなくて、髪形は場に合わせて大人しめだけど手は抜かない。分かる人は分かる、そんなレベルでいきましょう。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな深窓の姫君を演じてる私の最大ポイントは、黒髪で揺れてる簪だ。
双龍に蓮、流れるような水を思わす繊細な細工は、彩雲国中フリーパスの印篭に等しい。控えおろう! 藍家直紋の双龍蓮泉、特注簪バージョンだ!
窓の外から聞こえてくるのは、百年経てば芸術と評されるかもしれない独特な笛の音。あー・・・・・・お迎えが来るのももうすぐかなぁ。
そんなことを考えてた瞬間、部屋のドアが思い切り開いた。ノックしたのはさすがだね、秀麗ちゃん。
「ーっ!」
「ハァイ、秀麗ちゃん。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しく・・・ってちっがーう! そうじゃないの、そうじゃないのよ!」
ぶんぶんと首を振って否定する秀麗ちゃんは、紅の着物。普段着っぽいそれは秀麗ちゃんによく似合ってる。うん、可愛いなぁ。彼女と知り合えただけでも彩雲国に来てよかったよ。ありがとうブロッケン!
「・・・・・・、あなた何してるの?」
大きく息を吐き出して落ち着いたのか、秀麗ちゃんは私の手元を覗き込んで不可解げに眉を顰める。
与えられた部屋の椅子に腰かけて、広げてるのはいろいろ入った裁縫箱。ちなみに持ち運びはすべて改造ポケットです。
「あぁ、これ? 旦那様方に送ろうかと思って」
「藍家のご当主様方ね。ってば刺繍も上手―――って違うの! どうしてもあいつも国試直前だっていうのに全然勉強しないのよ!? 藍家はそういう風習なの!?」
「うーん、どうだろ。多分努力する姿を隠したがる性質なんじゃないかな」
それにしても秀麗ちゃん、ノリツッコミ上手いなぁ。藍家と並び彩雲国でも金持ち伝統有名な紅家の直系姫君だっていうのに。
やっぱり長兄だったお父様が縁切りされて、その後苦労してきたからかな。今度一緒に市に行こう。値切り方を教わって、帰ったらリドるんに伝授しよう。
「・・・・・・もういいわ。言っても無駄な気がしてきたし」
「えー秀麗ちゃんに怒られるの、私好きなのに」
「怒らせないでよ。私はとは普通に話したいんだから」
嬉しいことを言ってくれる秀麗ちゃんは、本当に可愛い。顔は十人並みだとか言ってる人たちは分かってないなぁ。内面から来る美で、数年後の秀麗ちゃんは誰もが振り向く美女になること間違いないよ。この魔女っ子が保証しましょう。
「それでね、・・・・・・悪いんだけど、あいつをお願いしてもいい?」
「笛で他の受験者を壊滅させて、試験で上位を勝ち取るって策は?」
「駄目よ、試験には正々堂々実力で挑まなきゃ。自分の力で勝ち取るからこそ意味があるのよ」
「秀麗ちゃんのそういうところ好きだなぁ。オッケー、引き受けましょう」
刺繍を置いて立ち上がる。これも三枚縫わなきゃいけないから、結構手間がかかるんだよね。あの三つ子、何で三つ子なんだか。まぁ色男な同じ顔が三つ並んで嬉しい限りなんだけど。
一緒に宿舎を出ると、秀麗ちゃんが済まなそうに謝ってくる。
「ごめんね、。いつもいつも」
「秀麗ちゃんの頼みなら何でも叶えちゃうよ。ワガママ言っていいなら、今度十三号棟で秀麗ちゃんの手作りご飯が食べたいなぁ」
「それくらい、いくらでも作るわよ。でもがいなくなると、十二号棟でご飯を作る人がいなくなっちゃうんじゃない?」
「女性が参政するように、男性も家事を担うべきでは? 料理の出来る男の人は引く手あまたになるしねぇ」
「そうね、静蘭だって料理が出来るもの」
「問題は勉強ばっかしてきたお坊ちゃまってことだけど」
「大抵の野菜は生で食べられるわよ。藍家ご当主方の寵姫のに料理をさせるなんて、とんでもないって思わないのかしら」
「毒盛るのも楽しそうだよね」
「洒落にならないこと言わないで」
ほのぼのと会話しながら歩いていると、どんどん秀麗ちゃんの顔が険しくなっていく。可愛いのにもったいない。それだけ笛の音が強烈ってことか。
ついに耐え切れなくなったのか、孔雀の羽が見えた瞬間、秀麗ちゃんは遠慮なく怒鳴った。
「こんの孔雀男ーっ! 変な笛吹いて人の邪魔するんじゃないわよ!」
振り向いた少年というか青年というか、とにかく美形な彼は、藍家の三つ子によく似た顔をしている。
ねぇ、私の旦那様方。私を教育して国試に放り込んだのは、もしかしなくとも彼のストッパーにするためですか? 特別手当、請求してもオッケーですか?
予備宿舎は別々。笛ポタ主人公は十二号棟を地味に仕切ってると思われます。
2006年8月20日