持ち上げてくれる力強い手とも、撫でてくれる優しい指とも、目を細めて静かに笑う綺麗な顔とも、もうお別れ。
三食美味美味和懐石とも、羽毛ふかふか専用ベッドとも、きらきらシャンプー至れりお手入れとも、もうお別れ!
あぁ、雲雀エンジェル恭弥さん。あなたと過ごした日々はまさに楽園でありました!
路地裏でにゃあと鳴け(さよなら編)
「雲雀さん」
呼び掛けたら、純和風のお部屋で平机に向かっていた雲雀さんが顔を上げた。うーん、この人には和洋どっちでも似合うなぁ。中華風雲雀さんも見てみたかった。
「雲雀さん、お忙しいところ申し訳ありません。もしよろしければ、私に少しお時間を頂けないでしょうか」
再度呼び掛ければ、雲雀さんの目がゆっくりと私を捉える。黒水晶みたいな目がぱちぱちと瞬いて、ワォ、と唇が音もなく揺れた。
「・・・・・・何、君って喋れたの」
「はい。フルネームはと申します。このヒョウは仮の姿で、実態は普通の魔女っ子です」
「へぇ、魔法でヒョウになってるとか?」
「まさにその通りです。ちょっと動物の気持ちを味わうつもりだったのですが、雲雀さんに拾われ、手厚く愛でて頂き、あまりの心地よさに我を忘れて浸っておりました。本当にありがとうございました」
ぺコリと頭を下げたら、雲雀さんは「ふぅん」と呟いて机に肘を立てた。おお、これはちょっと照れている仕草だ。可愛いなぁ、綺麗だなぁ。やっぱ雲雀さんは美形だよ。見目麗しくて万々歳だよ。
「それで? 急に正体を明かしたってことは、もうヒョウはお終いなの?」
「残念ながらその通りです。一応『ちょっと遊びに行ってくる』とは言付けて来たのですけれど、捜索が開始されてしまったようで。このままでは雲雀さんにもご迷惑をおかけしてしまいますから、先にお暇させて頂こうかと」
「僕が噛み殺してあげてもいいけど?」
「いやー相手はリドるんと零ですし、それは止めた方がよいですよ。二人とも魔法を使いますし、それに何よりスリザリンですから」
ぱたぱたと尻尾を振ると、雲雀さんは小首を傾げたけれど、思いとどまってくれたよう。あーよかった! 恩人の雲雀さんに、あの二人の相手なんかさせなくて済んで! 美形に傷がついたら困るしね、うん。
「ですが去る前に、今まで雲雀さんに手厚くもてなして頂いた分、私からも何か御礼をさせて頂きたいのです。何か望みなどありませんか? もしくは欲しいものなど、どうぞ遠慮なくおっしゃって下さいませ」
「いらないよ。僕はそんなものがほしくて君を飼ってたわけじゃない」
さくっと雲雀さんは拒否された。見上げる横顔は全然無理している感じはしない。綺麗なお顔。思わず普通に笑っちゃったよ。意識的スマイルじゃなくて、本当に素で。
「・・・・・・やっぱり、雲雀さんに飼って頂けて良かったです」
ヒョウだから変化は分からないはずなのに、雲雀さんは少しだけ目を見開いてから、うっすらと笑った。伸びてきた手が私を抱き上げる。肩に鼻先を預けると、よしよしと背中を撫でられた。
「雲雀さんさえ望むのでしたら、本物のヒョウを連れてくることも出来ますけれど」
「いらないよ。僕が飼ったのは『』だけだから」
「すごい口説き文句ですね。騙すみたいになって、本当にすみません」
「いいよ、それなりに楽しかった」
やっぱり雲雀さんはいい人だ。例え不良の頂点と言われてようと、歩く暴力とか言われていようと、群れてると噛み殺すとか言ってようと、やっぱり雲雀さんはいい人だ。少なくとも私にとってはいい人だった。
最後の夜は、同じ布団で一緒に眠った。
ゆるく、でもしっかりと抱きしめてくれる雲雀さんは、本当に優しかった。
エンジェル恭弥、万歳。
翌朝、一緒に和懐石の朝食をとって、軽くブラッシングをしてもらって、学ランを着込んだ雲雀さんと一緒に家を出た。ちなみに赤い首輪とネームタグはつけたまま。雲雀さんの許可ももらったし、思い出として持って帰る気満々です。
「今まで本当にお世話になりました」
ぺこりと頭を下げると、雲雀さんはヘルメットをバイクのシートに置いて振り返った。
「何かあったら何時でも呼んで下さい。力になりますので」
「気持ちだけもらっとくよ。僕は誰の助立ちもいらない」
「そんな雲雀さんが大好きですよー。じゃあ暇なときにでも、話し相手が必要でしたら」
「そうだね、それは考えとく」
ふっと雲雀さんが笑みを漏らした。視界の端にカラフルなものが映る。そっちを見てみれば、きらきらと目に入ってくるクリーム色の羊。メロンパンダとかオレンジウサギ、ゴールデンドッグなんかもいる。っていうか黄緑フォックス、空色コアラと桃色ヒヨコを押さえておいて。まだお別れは済んでないよ。
「・・・・・・あれ? 君の迎えって」
「はい。リドるんと零がいないのは僅かな理性か、それとも孫たちの働きに拠るものか」
どっちにせよ苦労かけちゃったなぁ。今度お礼をしに行かなくちゃ。都バス観光もいいし、イタリアぶらり旅も捨てがたい。
そんなことを考えてたら、前足の裏に手を入れられて、ぶらーんと持ち上げられた。おお、雲雀さんの綺麗なお顔が目の前に来たよ。ちらりと瞳がきらめいたのは、娯楽の気配を見つけた感じ?
「ねぇ、最後にの元に戻った姿を見せてよ」
「んー、見せるのは構わないんですけれど、実はこの魔法、自分じゃ解けないんですよねぇ」
「自分でかけたのに?」
「往々にして基本は外せませんから。呪いを解くのは王子様の役目ですし」
なのでちょっと無理です、とか言おうとしたら。
ちゅ、って可愛い音を、雲雀さんが距離ゼロで立てて下さった。
あー・・・・・・視界の隅で零とリドるんが悲鳴を上げてるよ。やっぱり来てたね。とりあえずアバダ・ケダブラとか唱えないように呪文でもかけておくとして。初めて生身で顔を合わせた雲雀さんは、私を上から下まで眺めまくった後でおっしゃった。
「今度はそのままの姿で遊びに来なよ。また可愛がってあげるからさ」
そんな感じでほっぺにチュウを一つ。
うん、やっぱり雲雀さんと過ごした日々は、面白いものだったよ。
エンジェル恭弥、万歳!
珍しくちょこっとラブ。お付き合い下さりありがとうございました!
2006年7月19日