昔々、しかしそんな昔でもない頃にジロくんという男の子がいました。
彼は眠ることが大好きで、毎日毎日飽きることなく眠っていました。
学校の教室、裏庭、テニスコート、帰り道、本当にいたるところで。
ジロくんは眠ってばかりいるととても評判でした。
そして覚醒したときのテンションの高さも有名でした。
実はねむねむジロくんのチャックを剥ぐと覚醒ジロくんが出てくるんじゃないかと噂されているほどでした。
これは、そんなジロくんの物語なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。
ジロくんの冒険〜笛ポタ編〜
あるところに、可愛らしい容姿と色々な意味でイイ性格をした女の子がいました。
彼女は名前をちゃんと言いました。
黒髪のショートヘアに大きな目、コンパクトな体型に色白の肌。
美少女と言い切るには足りないけれど、でもそれとは違う次元で人を惹きつけて止まない女の子でした。
そんな彼女はホグワーツ魔法魔術学校日本校に通っていました。
今まで育った孤児院を出て、何も知らない魔法の世界に飛び込んで、けれどちゃんは持ち前の性格で頼もしく毎日を送っていました。
そんなある日、事件は起こったのです。
(・・・・・・白雪姫がいる)
ちゃんは自室のベッドを見てそう思いました。
ホグワーツ魔法魔術学校日本校のレイブンクロー女子寮の101号室。
元は四人部屋の部屋を一人で使っているからか、とても広いお部屋。
女の子にしては物が少ないような気がしなくもないけれど、そこはちゃんなのでオッケーなご様子。
そんなちゃんのベッドで、今まさに誰かが寝ているのです。
(1:変態、2:痴漢、3:幻、4:幽霊、5:迷子)
ちゃんは以上の選択肢を打ち出しました。
けれどこのまま寝ている白雪姫を起こさないでいるわけにはいきません。
なんたって、ここはちゃんの部屋であって、女子寮には男子は立ち入り禁止なのですから。
こんなところを誰かに見られたら面倒だなぁ、と思いながらちゃんは白雪姫に近づきました。
(っていうか白雪姫って非常識だよね。他人の家に入り込んだかと思うと食事を全部食べて? ベッドを占領して寝て?お姫様が聞いて呆れるつーの。まったくメイドに教養とか習わなかったのかなぁ。親しき仲にも礼儀ありって言うのに。あ、でもこれは日本のことわざだから知らないのかも)
ちゃんはテクテクと白雪姫に近づいていきます。もちろんその手には杖を持って。
先日あったバトロワ大会で優勝した腕前を披露するときが来たようです。
ベッドの枕元に立つと、とりあえずは白雪姫の肩を軽く叩きました。
「あの、寝るなら別の場所で寝て頂けますか?」
起きない白雪姫を次はもう少し強く揺さぶります。
「邪魔だから出て行って頂けませんか?」
もう一度、ガクガクと肩を掴んで揺さぶりました。
「留置場と火あぶりとどっちがいいですか?」
ちゃんが呼びかけても白雪姫は目覚めません。
ため息が一つ、部屋に響きました。
ちゃんが杖を構えなおしてオーケストラの指揮を執るかのように、軽やかに一振りしました。
そうしたらなんと!
丸まって寝ていた白雪姫の体は、両腕が体の脇にピチッとはりつき、両足がパチッととじ、体が固くなってしまったのです。
顎はぐっとむすばれ、話すこともできず、閉じられていた目だけがパッチリと開いて宙を見ています。
ちゃんは満足そうに杖を下ろしました。
「おはようございます。良い夢は見られましたか?」
白雪姫は無理やり開かされた目だけをキョロキョロと動かしています。
「これからいくつか質問させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
キョロキョロ。
「正直に話して下さらない場合には、それなりの処置を取らせて頂きます。よろしいですね?」
キョロキョロ。
ちゃんが小さく杖を一振りしました。
そうしたら縫い付けられたように閉じられていた白雪姫の唇がパカッと開いたのです。
「初めまして、お姫様。お名前をお尋ねしてもよろしいですか?」
どうやらちゃん、犯罪者(予備軍)相手には自ら先に名乗らないようです。
「俺!? 俺ジロー!つーか何!? 何で俺の体動かないの!? えー何コレ! 金縛りみたいっ!!」
「『全身金縛りの術』です。応用で口だけは動くようにしてみました」
「マジ!? すっげー! 俺、金縛りって初めて!!」
「それはおめでとうございます」
「うんアリガトー!!」
ニコニコニコニコ。ご挨拶は終了しました。
「ジローさんは何故ここにいらっしゃるのですか? ここは一応、私の部屋なのですが」
「へ? ここ裏庭でしょ!? だって俺、部活が始まるまで寝てようと思って寝てたんだもん!」
「ここが裏庭に見えるのでしたら、眼科へ行くことをお勧めしますよ」
「えー?」
キョロキョロとジロくんは動く目を使って周囲を見回しました。
青い絨毯、アンティークの家具、真上に見える天蓋付きの可愛らしいベッド。
どこからどう見ても裏庭には見えません。
「ここどこー?」
「ホグワーツ魔法魔術学校日本校のレイブンクロー女子寮101号室です」
「どこそこー?」
「ここです」
「氷帝じゃないのー?」
「そういう別称は聞いたことありませんね」
どことなく和やかなムードで二人は会話をしています。
ちゃんはまだ杖を片手に構えたまま、ジロくんは相変わらず目と口しか動かせない状態で。
それなのに何故かその場の雰囲気は桃色チックです。
「えーじゃあ俺なんでここにいるんだろ? さっきまで裏庭にいたはずなのにー」
「何ででしょうね?」
「起きたらここにいてさー! もぉどうしよ! こっから氷帝まで電車で帰れる!? あーでも俺お金持ってないっ!!」
「電車は無理だと思いますよ」
ちゃんはニッコリ笑って言いました。
それもそのはず、ホグワーツ日本校はマグルの世界からは程遠い位置にあるのですから。
正確に言えば距離的には近く、それでいて一般人間からはかなり遠い。
川下の鉄橋さえ通れば5秒で来れる距離なのですが、それはホグワーツ生徒にとってのこと。
おそらくマグルであろうジロくんからはかなり遠い場所にあると言えるでしょう。
綺麗に微笑んだちゃんを見て、ジロくんは目をパチパチと瞬きました。
そしてニパッと音を立てて笑います。
「ねーねーキミ可愛いね! 名前なんて言うの!?」
「です。よろしくジローさん」
「ちゃんかぁ! 可愛い子は名前まで可愛いんだねっ!!」
「ありがとうございます」
「今度俺とデートしない? テニスしよーよ!」
「折角のお誘いですけれど、ジローさんは元いた場所に帰られる方が先なのでは?」
「ちゃんがいるならここでもいーやぁ」
「でもジローさんのお知り合いの方はご心配なさってると思いますよ」
「跡部は心配なんかしないしー。忍足も向日も鳳も心配しないだろうし。あーでも宍戸と樺地は探してくれてるかも」
「でしたらやっぱり帰らないと」
「じゃあちゃんも一緒に行こ!」
「いや、私もここでやることがありますから」
「えー! 俺もっとちゃんと一緒にいたいー!」
「そう言って頂けるのは光栄ですけれど、それは無理かと」
「やーだー!!」
「やだって言われましても」
「や――――――だ――――――っ!!!」
ジロくん、お子様に逆戻りです。
本当はちゃんの方が少しだけ年下なはずなのに、どこをどう見てもちゃんの方がジロくんより遥かに大人のように見えます。
「ヤダヤダ! ちゃんとデートしたいーっ!」
ジロくんは大声で騒ぎます。
けれど『全身金縛りの術』をかけられているので、動かない体で叫ぶものだからそれはそれで結構不思議な様子。
ちゃんはジロくんが騒ぎ出す前に自室に防音魔法を施しておいたので、この声はどんなに大きなものでも部屋の外には届きません。
寮の得点を下げるわけにはいかない、それ以前に面倒なことになりたくない、というちゃんの先手でした。
「デートは無理ですよ。ここは学校ですからデートするような場所もありませんし」
「学校なら制服で一緒に登下校とか!」
「いや私、寮生ですし」
「じゃあ一緒にお昼!」
「今はもう夕方ですよ」
「図書館で一緒に勉強!」
「しますか? 勉強」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱヤダ」
「じゃあデート出来ませんね」
「それもヤー!」
「ならどうします?」
「むー・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ! 保健室でラブラブ!」
ジロくんはさも名案だというように目を輝かせて言いました。
ちゃんは表情を変えずに答えます。
「保健室でラブラブって、具体的には?」
「ちゅうしたりー抱き合ったりー触ったりーセックスしたりー」
「とりあえず却下ですね。保健室をそういう目的で使用するのは良くないと思いますよ」
「でも跡部とかよくやってるよー?」
「その跡部さんに伝えておいて下さい。『金をケチってないでラブホへ行け。さもなくば家にでも連れて帰るまで我慢しろ』と」
「うん判った。伝えとく」
ジロくんはちゃんの言葉を頭の中へと刻み込みました。
そんな様子を見ながらちゃんはにこやかに微笑んで。
「それじゃあジローさん、そろそろ元いた世界に帰らないと」
「え――――――っ! だって俺まだちゃんとラブラブしてない!!」
「ラブラブしたんですか?」
「し―――――た―――――い―――――っ!!!」
「したら元の世界に戻りますか?」
「うんっ! 戻る!!」
コクコクと頷いたジロくんにちゃんはばれないように小さくため息をつきました。
「ならとりあえずキスしますか」
「うんっ!」
「それ以上はまたお会いできたときに」
「うんうんっ! 俺、絶対にちゃんに会いに来るから!」
「楽しみに待ってます」
キラキラと瞳を輝かせるジロくんに、ちゃんは楽しそうに笑って。
そして魔法で動けないジロくんに代わって、自分の身を屈めます。
顔が近づくにつれ、ジロくんは嬉しそうに笑って。
ちゃんも、楽しそうに笑って。
二人は目を閉じました。
「おいジロー! てめぇいい加減に起きやがれ! 何のために部活来てんだ!」
可愛らしさの欠片もない声に蹴り飛ばされ、ジロくんは思わず目を開きました。
ぼんやりとした視界に映っているのは俺様を形にしたかのような男が一人。
「・・・・・・・・・ぁとべぇ・・・・・・?」
「跡部様、だ。情けねぇ声で俺様の名を呼ぶんじゃねぇ」
「・・・・・・あとべさまー・・・」
「んだよ」
「・・・んーとねぇ・・・・・・」
「『金をケチってないでラブホへ行け。さもなくば家にでも連れて帰るまで我慢しろ』」
「・・・・・・・・・だってさー・・・」
ジロくんのお言葉に、氷帝テニス部は沈黙してしまいました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んだと・・・・・・?」
ゆらぁりと俺様の後ろに青い炎が立ち上がります。
その後ろではオカッパや丸眼鏡が少し避難しながら笑いを堪えています。
「ジロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・てめぇ、それ誰が言いやがった・・・・・・・・・・・・・・・?」
ジロくんは拳を震わせている俺様にも気づかずに目をゴシゴシと擦っています。
「んーと・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・えっと・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・あれぇ?」
「・・・・・・・・・・・・」
ジロくんはポリポリとクルクルの髪の毛を掻きました。
そしてテヘッと笑います。
「忘れちゃった〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・忘れちゃったじゃねぇだろこのボケ!」
俺様、全力で怒っています。でもジロくんはそんなのどこ吹く風で首をかしげて考えていて。
「あれー? 誰が言ってたんだっけ」
「まさかテメェが言ったんじゃないだろうなぁ・・・・・・・・・?」
「違うよー。たしかに誰かに伝言頼まれてー」
「だからそれは誰にだよ!?」
「忘れちゃった」
「思い出しやがれ!俺様にケンカ売るたぁどこのどいつだ!目に物を見せてやらぁ!!」
「落ち着いてよ〜跡部・・・」
「テメェはさっさと思い出しゃいいんだよ!」
俺様はジロくんをブンブンと振り回しています。
けれどジロくんは首を傾げては考えて、考えては首を傾げて。
「何かすごく楽しみな約束をした気がするんだけどなぁ・・・・・・・・・」
「忘れちゃった☆」
「、お帰り」
「ただいま、光宏。やーもう久しぶりのシャバ(=マグルの世界)だったよ」
「シャバ! シャバときたか!」
ちゃんの言葉に光っくんは大爆笑です。
「大変だったでしょちゃん。男の人を一人で運ぶなんて」
「いや、西園寺先生が体重軽量化の魔法をかけてくれたし」
「氷帝ってのが都内で良かったな。でなけりゃ煙突飛行術を使わなくちゃいけなかったし」
「本当。あれって苦手なんだよねぇ」
タッキーの淹れてくれたお茶を飲み、柾輝君が切り分けてくれたケーキを食べて。
ちゃんは満足そうに笑います。
「で? ちゃんと次元の穴は塞いだんだろうね?」
「それはもうバッチリです。周防先生と小島先生が二人がかりでやって下さいましたし」
「ならいいけど」
エセ美少女の言葉にもちゃんは指で丸を作って答えます。
そんな中、金髪の先輩が首を傾げて言いました。
「せやけど何での部屋に次元を超えるブラックホールが出来たんやろうなぁ?」
そんなもの、自然と出来るにはかなり難しいのに。
おそらく砂漠に埋もれた星の砂を見つけるのと同じくらい難しいのに。
今回は、ちゃんのベッドの真上に。
みんなが不思議そうに首を傾げる中でちゃんはニッコリと笑いました。
「どこかの誰かさんが私のことを拉致ろうと思ったんじゃないでしょうかね?」
千年前のイギリスで、誰かが小さくクシャミをしたとかしないとか。
とりあえず、ジロくんの冒険はこれにてお仕舞い。
「・・・・・・何か美味しい約束した気がするんだけどなー・・・・・・・・・」
ジロくんの呟きも、杖を持ったままキスをしようとしたちゃんも無視をして。
これにて終了。
2003年3月13日