美しきルルノイエで優雅なアフタヌーン。
ふわふわのソファーに腰掛けて、テーブルの上には温かい紅茶。でもって手の中には進行中の刺繍あり。
プラス隣にいるのが美少女とくれば、これ以上の午後はないでしょう。
「お義母様、クッキーはいかがですか?」
「うん、もらおうかな。ありがとう、ジル」
御礼を言うと、はにかむように微笑するジル。
あぁもう本当、優雅な午後に乾杯!
ブライトさんちの家庭の事情2
「!」
ほのぼのとした母子団欒を破ったのはルカの声だった。思い切り扉が開かれて、ジルが小さく肩を震わせる。
駄目だよ、ルカ。乱暴な行為をしちゃいけません。
「ルカ、ドアの開け閉めは静かに。それと人の名前を怒鳴るんじゃありません」
「おまえが部屋にいないからだろう。しかもこんなところで・・・・・・そいつと何をしている」
「妹に向かって『そいつ』はないでしょ? ルカはお兄ちゃんなんだから、ジルには優しくしてあげなきゃ」
「そいつは俺の妹でも何でもない」
「―――ルカ」
冷ややかな声と見下すような視線に、視界の隅で刺繍針を持っているジルの手が震えるのが見えた。
あぁもうどうしてルカはこうなんだか。いや気持ちが分からないってわけじゃないけど、分かるってわけでもないし。
むしろ今ここで庇ってあげたいのはジルの方だよ。ジルだって望んでこうやって生まれてきたわけじゃないんだから。
「ルカ、あなたは私の息子だよね?」
問いかければ、それが何だって顔をされる。うん、強面の美形も好きだよ。
「ジルはね、私の娘なの。だから必然的にルカとジルは兄妹なんだよ」
「ふん。そんなものは詭弁だ」
「詭弁だろうと何だろうと、二人は兄妹。それともルカは、私の娘に優しくできない?」
首を傾げて問いかければ、ルカはすっと目を細くした。
狂皇子ルカ・ブライトを知っている人からすればそんな仕草すら悲鳴を上げるかもしれないけれど、生憎と向けられているのは私なわけで。
でもって私の中でルカ・ブライトというのは、ただの子供、息子なわけで。
「ルーカ、おいで」
ちょっとだけ位置をずれてぽんぽんとソファーを叩けば、ルカの顔がしかめっ面に変わる。
そんな顔も格好いいなぁ。今は精悍だけど、年をとれば渋くなっていい感じのおじ様になるだろうなぁ。
うわ、見てみたい。見てみたいよ! 美少年も好きだけど、やっぱりいい味出すのは年を重ねてからだしね!
「・・・・・・俺にも茶を寄越せ」
それだけ言って、ルカは私の横に座った。ちょっと狭くなったけど平気っぽい。
ジルが立ち上がり、ポットでまだ温かい状態のお茶を注いでルカに差し出す。
怯えてるのとはちょっと違う、どちらかといえば拒まれるのを怖がっているようなジルの表情。
ルカはそんな視線を受けて、まだ納得しきってないのかお茶に口をつけないし。あぁもう何だこの兄妹は。
「ルカ、あーん」
クッキーを一枚摘まんで、ルカの口元に持っていく。
押し付けるようにしていると、ルカの唇が開いたから中に入れてやった。続けて二枚、三枚、四枚、五枚。
それが二桁になるかというところで、ルカは私のクッキー攻撃を避け、カップを手に取った。
誰かに毒見させることもなく、紅茶をすする。何だか野生の動物を手名付けたみたいでちょっと面白い。
ジルの方を振り向けば、嬉しそうに、ちょっと泣きそうに笑っていて。
うん。私、良いことをしました!
その後は再びほのぼのタイムに突入。右にジル、左にルカをはべらしてゴージャスハーレム堪能中!
うっわ、ハイランドに来てよかったよ! 無理言ってごめんね、シュウさん! でもそれだけの価値は十二分にありました!
「おまえたちはさっきから何をしてる」
じっと私の手元を覗き込んでいたルカが、ようやく聞いてきた。
見つめられてると針仕事ってやりにくいんだよねぇ。指に刺す前に聞いてくれて良かったよ、本当。
「刺繍だよ。ちなみに私が縫ってるのはハイランドの国章。よく出来てるでしょ?」
「そんなものおまえではなく、侍女にやらせればいいだろう」
「分かってないなぁ、ルカ。こうやって一針一針に祈りを込めて縫うからいいんじゃない。そうやって気持ちの篭ったものの方がお守りとして価値もあるし」
ジルはジョウイ君のために縫ってるんだよね、と言葉をかければ、ジルは控えめに微笑んで頷いた。
うーん。ジョウイ君とはまだ話したことないけど、ジルと並べば美男美女だね。結婚すれば見目麗しい夫婦になること間違いなしだよ。
「・・・・・・・・・おまえが縫っているのは、誰の分だ」
「ルカの分に決まってるでしょ?」
「ふん。ならいい」
ぷいっとそっぽ向くルカは、ものすごく可愛い。一体どこの誰だ、このルカを狂皇子だなんて名付けたのは。
思わず笑いそうになって右を向いたら、ジルも温かそうに唇を震わしていたから、二人して笑った。
うんうん、やっぱり家庭はこうでなくちゃね!
ちくちくと縫っている刺繍には、実は気持ち以外にも魔法を込めてあったりする。
戦場でルカの憎しみが増さないように、残虐傾向が募らないように。
少しでも気持ちが落ち着くように、呪文を唱えながら針をさして。
でもっておまけとばかりに縫った小さなハートには、真なる愛の紋章の加護を。
よし、これで完成。我ながら手先の器用さはさすがだね!
「はい、ルカ。私からのお守りだから、ずっと大事にしてね」
「あぁ」
素直に受け取るルカの頭を撫でたりして。
どうかルカの心が平穏でありますように、なんて祈ったりしてみた。
2006年1月4日