星が綺麗すぎて、うるさいくらいの夜だった。
膝を抱えている彼の後ろ姿がどことなく猫背で、わざと足を戸を立てて近づき、隣に座る。
風が少し強くて、木々の擦れる音が聞こえて。
無音ではない、けれど静かな夜だった。





さよなら涙くん





の世界って、どんなところ?」
唐突に静けさを破ったの呟きに、は羽織っていたローブの前を掻き集めた。
ホグワーツの制服でも私物でもなく、この世界に着てから手に入れたそれは、18歳の姿の彼女にとって少しだけ大きい。
前を向いたまま、星と彼を見ずには答える。
「私は一部しか知らないだろうけど、魔法使いの世界は今は平穏だよ。ちょっと前まではヴォルデモートさんっていう人が世界征服を目論んで暗黒時代を築いてたんだけど、その人はもういなくなってしまったから。だから小競り合いはあるけど概ね平和かな。マグル―――魔法を使えない人たちは、まぁ国や民族によって違いがあるね。戦争をしている国もあるし、一般的に平和とされている国もある」
「紋章はないんだっけ?」
「うん。魔法の存在も公ではないよ。魔法使いの存在をマグルに認めてもらうために魔法省が頑張ってはいるみたいだけど、まだまだ成果は上がってないし。私も学生のときはアルバイトしてそれに貢献してたっけ」
「あるばいと? 何それ?」
「学生が学業の傍らで働くこと。私の場合は、ある特定の呪文を唱えたマグルのところに行って、その人の願い事を叶えてあげることが仕事でね。過去やら未来やら別世界やらに飛ばされて、いろんな願いを叶えたりしたよ」
「いいね。俺にもその呪文を教えてよ」
「もう引退したから時効だって。それにに教えると年がら年中呼び出されそうだし」
「はは、確かにそうかも」
笑い声は乾いていた。どこか無理して聞こえるそれに、けれど言葉は挿まない。
「いつもは何して暮らしてる?」
「定職にはついてないから、自宅にいることがほとんど。新しい魔法や薬を開発しては、その特許を取って技術を売って暮らしてる、まぁ研究者だね。あとは知り合いから注文された薬の作成とか、仕事の手伝いとか」
「家事はしないんだ? 息子の教育は?」
「家事はリドるんがしてくれるから、私がすることは滅多にないね。は放っておいても大きくなるよ。齢三歳で私が『聞かなくちゃ教えてくれない』人種だと悟ったらしく、自分で勉強して分からないところだけ聞きに来るし。台所に放り投げれば食べられるものを作る、野外に放置すれば生きて帰ってくる立派な子供だよ」
「りどるんって誰? の夫?」
「その話に関しては黙秘権を行使します。これ以上突っ込むなら真なる愛の紋章を発動するからそのつもりで」
「いいよ? 俺の愛はだけに向かってるし」
「ウワ、アリガトウ」
棒読みで返せば、二人の間に笑いが起こる。先ほどと違い自然なそれは、少しの間風に乗った。
吊りあがった唇をゆっくりと戻し、は右手を握りこむ。
皮手袋の擦れる音は、小さすぎて聞こえない。
「・・・・・・のいる世界は楽しそうだ」
いいな、という呟きは、ほとんど吐息のようなものだった。
――――――星が、闇空に瞬く。

「そんなに羨まなくても、もしもが本当にどうしようもなくなって逃げたくなったら、そのときはちゃんと攫ってあげるよ」

弾かれるようにが振り向くと、いつの間にか自分を見ていたの瞳とぶつかった。
細められた瞳が優しくて温かくて、思わず泣きそうになる。
けれどは笑った。どこか不恰好なそれに、も笑みを返す。



「俺、戦いが終わったらと結婚したいなぁ」
「給料三ヶ月分の指輪持参でようやくスタートラインかもねぇ」





2005年6月22日