それは同盟軍との戦いの最中、ある日突然のことだった。
「今日からこの城に住む。俺の母だと思い丁重に扱え」
「はじめまして、と申します。どうぞよろしくお願いしますね」
父たるアガレス・ブライト亡き今、ハイランドの皇王となったルカ・ブライトの紹介に、一人の女性が頭を下げる。
にっこりと微笑む様子はとてもじゃないがルカの母と言える年齢には見えない。
どう考えたって妻と呼んだ方が似合うだろう若さを、その人物は持っていた。
ブライトさんちの家庭の事情
「なぁ、クルガン! あれはどう見たって俺たちと同年代だろ!? なのに何でルカ様の母親なんだ!?」
「・・・・・・声が大きいぞ、シード。あの方の存在は公にされていない。少し音量を抑えろ」
「だからってなぁ・・・・・・!」
周囲を見回すクルガンに諌められ、シードも声量を落とす。
けれどやはり納得できないのか、小声でひそひそと訴えを続ける。
「どう見たってあの女は20代だぞ? ルカ様の母親っていうよりは恋人だろ」
「恋人ならば妻に娶ればいい。そうしないということは、やはりあの方はルカ様にとって『母親』なのだろう」
「素性は調べさせたのか?」
「あぁ。ここに来る前は同盟軍にいたらしい」
「スパイかよ!」
「いえ、違いますって。今回ハイランドに来たのはルカに誘われたからなんですよ」
「そんな言葉を信じろっていうのか!? 大体ルカ様もルカ様だ! 同盟軍の奴を捕まえてきただけじゃなく、母親だなんてなに考えていらっしゃるんだか!」
「私がルカの母親に似てるんですよ。だからルカは私を手元に置いておきたがる」
「どこが似てんだよ。少なくとも肖像画で見るルカ様の母君とは雰囲気からして違うだろ」
「そうですよねぇ。ルカのお母様って儚い系美人ですもんねぇ」
「そうそう。だけどあの女は美人は美人でも曲者だ。ルカ様に取り入って何を企んで―――・・・・・・・・・って」
我に返って、シードは隣を歩いているはずの同僚を振り返った。
けれど彼は何だか少し離れた、自分から三歩分の距離にいる。
そしてその手前、自分とクルガンの間に立ってにこやかな笑みを浮かべているのは。
「どうもこんにちは。同盟軍の人間なのにルカに取り入ってしかも母とか言われて怪しげなことを企んでるに違いない女こと、です」
どうぞよろしく、という言葉にシードが固まる。
どうやら今の今まで本気で気づいていなかったらしい彼に、クルガンは深い溜息を吐き出した。
にこにこと友好的な笑みは、やはりシードの言うように曲者に相応しいだろう。
そんなを執務室へ招くのは危険かもしれないが、彼女の存在が公にされてない今、他の場所に連れて行って誰かに目撃されるのは困る。
それ故にクルガンは結局、を自身の執務室へと通した。どこかショックを受けているらしいシードも大人しく彼女の後ろについてくる。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「いえ、お気遣いなく。多分混乱してるんじゃないかなーと思って来ただけですから。あれですよねぇ、ルカも説明不足っていうか、あぁいう直感で動くカリスマタイプの人って上司としては困ったりしますよねぇ」
「さすがルカ様の母君。我がハイランドの皇王であられるルカ様をそう評されるとは、我々にはとても真似出来ません」
「うっわー上手い答えだなぁ。さすが知将クルガンさん。先ほども言いましたけど、私とルカのお母様には共通点があるんです。それを知ったルカは、不幸せな生に終わってしまった自分の母の代わりに私に幸福を与えたいんですよ。だから近くに置きたがる。それが例え同盟軍の兵士であってもね」
「その共通点とやらをお聞きしても?」
「それは秘密です。私とルカの、母子の秘密」
人差し指を唇に当てて微笑む様は、どこか可愛らしく、それ故にルカの母親とは重ならない。
やはり曲者だと認識を新たにしつつ、クルガンは席を勧めた。
遠慮なく腰掛けるはエスコートされることに慣れているように見え、まぁこの美しさならば妥当だと思いながら今も呆けている同僚にも声をかける。
「シード、おまえもいい加減に戻って来い」
「・・・・・・・・・後ろを取られた。こんな、どこにでもいそうな女に・・・・・・」
「まぁそんな気を落とさず。猿も木から落ちるってやつですよ」
「誰が猿だ! あー・・・・・・で、本当は何を企んでるんだ? 皇妃の地位か?」
「シード」
怪しいとはいえ、ルカからは丁重に扱うよう言われている人物に対しての言葉遣いではない。
クルガンは諌めるように彼の名を呼んだが、当のは気にするでもなく首を振る。
「いえ、私はあくまで母親ですから。ルカの父君が亡くなられた今では再婚して正式な母になることも出来ませんし、かといってルカは皇王だから私の養子には入れませんし。なのでポジション的には何だか分かりませんけど、ハイランドに害を与えるつもりはありませんよ。むしろ私としてはルカを止めたいんで」
さらりと言われた内容に、二人は目を見開く。
クルガンはドアが閉まっていることを視線を走らせ確認し、シードは目を細めてを見据える。
「あなた方がジョウイさんとやらと組んでハイランドを守ろうとしていることは知っています。だからまぁ、アプローチは違うけれど目的は一緒だと思うんで、お互いに邪魔しないでいられるといいなぁと思うのですけど、どうでしょう?」
小首を傾げて尋ねてくるに、二人は顔を見合わせる。
信じるか否か判断に惑う彼らに、彼女は駄目押しのように微笑を浮かべて。
「良いママになるよう頑張りますから、ご支援よろしく」
――――――こうして、ブライトさん家には新たなお母さんが加わったのである。
2005年6月20日