「何だと・・・・・・?」
私の言葉に、シュウさんは端整な顔を顰めた。
うーん、この人は綺麗とか可愛いよりも、断然『男前』って感じかな。性格に難のありそうな雰囲気がいい感じ。
軍師でありながらも体格はいいし、そこらへんの男には普通に勝てる腕前だって聞いてるし、これで交易商だなんて、なんて多才な!
この世界の人はいいねぇ。鑑賞実用、一粒で二度美味しい。
「、もう一度言ってみろ」
低い声も好きだなぁ。ちょっと脅しかかっている強持ての顔も。
だけどそんなんじゃ私は止められないわけで。むしろちゃんと言っておこうとしているところに愛情を感じてほしいのだけど。
それはちょっと無理か、なんて思いながら、言われたとおりもう一度同じ言葉を口にする。
「ですから私、そのうちハイランドに行くかもしれません」
策略謀略恋の遠略
軍師であるシュウさんの部屋。今はクラウスもアップルもいなくてシュウさん一人。
でも一応のために防音魔法とかかけてあるんだけど、かけておいて良かったと今本気で思ってるよ。
だってシュウさん、眉間にものすごいしわを刻んでるし。このまま爆発とかしちゃいそうだし。
耳栓って持ってたっけ? 召喚するの間に合うかな。
「・・・・・・・・・つまり、おまえは我々同盟軍を裏切り、ハイランドにつくということか?」
「いえ、軍には加わらないつもりです。同盟軍の情報を売るつもりもありません。ただハイランドに行くだけで」
「それを裏切りと言わずに何と言う? まさか買い物にでも行くつもりではないだろう」
「買い物なら危険真っ只中な敵地じゃなくて、平和で活気溢れるトランにでも行きますよ」
「じゃあ何故だ?」
うわぁ。怒鳴らないけど、その分冷ややかな声が逆に怖いよ。睨んでくる目も凶悪な感じだし。なんでこれなのにシュウさんは非戦闘員なんだろうか。
兵士たちの中に入っても一睨みで敵を蹴散らせるって。名付けてクール軍師攻撃? 今度に提案してみよう。
「うーん。理由は酷く個人的なもので恐縮なのですけれど」
申し訳なさを相殺するように、ちょっと小首を傾げて言ってみた。まぁこれは可愛い子がやらないと意味ないんだけどね!
でもまぁやるだけならタダだし、万策は出すに限るし。
「ルカ・ブライトに誘われたら、たぶん断れないと思うんです」
あの漆黒の髪と目は美人要素だと思うし、白い鎧がそれによく似合ってると思うし。
『狂皇子』っていう二つ名にさりげなく共感を覚えなくもないんだけど、何より鎧の下の鍛えられた身体は見事だと思うし、何より皇王、権力者だし!
魅力的な人物でしょう。ええ、そりゃとっても魅力的な人物だと思うのですが。
「何故ルカがおまえを誘う? まさか知り合いだとでも言うんじゃないだろうな」
「いえ、言葉を交わしたことが一度あるだけです」
「じゃあ何故だ?」
シュウさん、何かさっきも同じ台詞を言ったような? まぁ、それは答えてない私が悪いのかもしれないけど。
ちょっと考えてから、やっぱり小首を傾げてみた。そしてにっこりと笑って見せて。
「―――下手な同情心を抱くと、剣が鈍りませんか?」
シュウさんは軍師だから冷酷になれるかもしれないけれど、私はそこまでシュウさんを完璧な人だとは思ってませんし。
そう告げると、シュウさんは細めていた目を見開いた。うん、驚いた顔も男前だね。
「・・・・・・・・・おまえはルカ・ブライトの何を知っている?」
「彼が『狂皇子』と言われるようになった殺戮の所以。ルカ・ブライトという人物の根底を作っているもの、ですかね」
「何故」
「それはほら、『真なる愛の紋章』の継承者ですから」
ひらひらと左手を振ってみせる。ヒッキーから貰った手袋の下、わざとらしいくらいハート型している『真なる愛の紋章』。
恥ずかしいネーミング通り、見事に性能も恥ずかしいのです。そりゃもうカップルを再熱させたりしちゃうんですよ。でもってアンテナを張れば周囲の人の愛がどんなもので誰に向かってるとか分かっちゃうんですよねぇ。
「プライバシー保護のためいつもは遮断しているんですけど、ルカ・ブライトの思いが強かったみたいで無理やり流れ込んできたんです。で、知っちゃった身としては黙ってられなくて余計なことを言っちゃったりしたら、彼が『来い』って言うものですから」
あぁ、そんな呆れたような顔しないでくださいよ、シュウさんってば。余計なお世話には私自身気付いてますって。
「まぁ今現在私がここにいるように、そのときは丁重にお断りさせて頂いたんですけれど、ハイランドの軍勢が攻撃を仕掛けてくる度に考えちゃいまして。出来るなら止めたいんですよ、ルカ・ブライトを」
「何故おまえがそこまでする必要がある? 奴の周りにだって事情を知っている者くらいいるだろう。皇女ジル・ブライトなどが」
「共有しあえてたら『狂皇子』なんて呼ばれてませんよ。私が彼を気にする理由は簡単です」
笑顔を絶やさずに、さらりと述べる。
「あの子、私の息子に似ているんです」
だから気にするし止まらせたいし癒したいとか思っちゃうんだけど、それって当たり前のことだよね?
のマザコンがすごいからそうは見えないかもだけど、私にとってもはすごく大切な息子だし。
そのと共通点を持つルカ・ブライトを放っておくわけにはいかない。というか、放っておいたらいけない。
「なので次に彼に誘われたら、私はその手を取ると思います。それを踏まえて私を抜かしたパーティーなんかを検討しといてほしいなぁ、というのが要望だったのですけど」
それを告げるために来たのに、何でか前振りが非常に長くなっちゃったよ。
これもすべてはシュウさんの何故何故攻撃が原因か? それとも私の謎っぷりが原因なのか?
どっちにしろ言ったからにはどうなってももう承諾済み。そんな思いを込めてにっこりと笑顔を浮かべると、シュウさんは額に手を当てて深く溜息を吐き出した。
うわ、眉間のしわがすごいし。ハイランドに行く前に胃薬でも作って置いていこうかなぁ。
「・・・・・・どうせおまえのことだ。何を言っても聞く気などないのだろう?」
「さすがシュウさん。分かってらっしゃる」
「だが、せめて行く前には必ず教えろ。それと出来るなら狂皇子を止めて、更にハイランドの弱点を握ってから帰って来い」
「うっわ、スパイだし! でもそうですね、後者はともかく前者は頑張らせて頂きます」
「まったく・・・・・・今後の軍を再編しなおしだな」
そう言ってシュウさんは手にしていた羽ペンを放り出し、立ち上がった。
うん、本当に体格がいいなぁ。背が高いけど筋肉はしっかりついてるし、交易商には勿体無い。
「お手数をおかけします」
「本当だ。おまえがいなくなった後の殿やナナミのことを考えるだけで頭が痛む」
「嫁に行ったとでも言っておいて下さいな」
「おまえは同盟軍を中から壊滅させる気か?」
「うっわ、私ってばモッテモテ?」
「自分で言うな。あぁ、でも・・・・・・そうか、その紋章は使わないことも出来るのか」
シュウさんが私の左手を眺めて、しみじみと言う。
「そりゃ出来ますよ。誰だって自分の想いが第三者に知られてたら恥ずかしいことこの上ないじゃないですか。むしろ個人情報保護法で私が逮捕されますって」
「その法がどういうものかは知らんが、一つ分かったことがある」
「何ですか?」
すんなり聞いた私が馬鹿だったのか、ポーカーフェイスの上手すぎるシュウさんが悪かったのか。
むしろシルバーバーグが悪かったのか!
「おまえは俺の気持ちを知っている上で知らぬ風に振舞っているのかと思っていたが、そうではなかったのだな。ならば今度はちゃんと言葉で攻めていこう」
「・・・・・・・・・シュウさん、26歳。私、18歳。実はロリコンだったんですか?」
「中身は31歳だと聞いているが? 何、年上の女房というのも悪くない」
「いえ、やっぱり男のロマンは育てることにあると思うのでその点で私という素材は不適合に違いなくましてやシュウさんは魅力溢れる男性なわけですからちょっと流し目するだけで多くの女性がころりと転がり落ちてくるわけで」
「文句はいらん。今何を言われようと変える気はない」
「物好きですね」
ついつい口を出た言葉に、シュウさんはとても楽しげに笑った。うーん、やっぱり男前。鑑賞実用、二度美味しい。
「とりあえず、勝負はおまえが戻ってからだ。十分に覚悟しておけ」
いや、そんな駆け引き万歳みたいに言われても。
なんかルカ・ブライトへの母性愛が高くついた気がするよ・・・・・・・・・。
やっぱり慣れないことはしないべきなのかもしれないなぁ。
2005年6月14日