「どうもこんにちは、お邪魔します」
そんなのんきな台詞と共に現れた少女に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
突然の侵入者にセラはロッドを構えるが、隣のルックが微動だにしないのに気付き訝しげに彼を見上げる。
仮面の上からでも分かる驚愕の表情で、紡がれた名前。
「・・・・・・!?」
応えるように、うっすらと少女が微笑む。
その様がひどく妖艶に、セラの目には映った。
もっと早く言ってくれれば良かったのに
誰もが動きを止めている中で、一番最初に動いたのはユーバーだった。
黒ずくめの腕が後ろから少女を抱きしめる。むしろ拘束するといった感じの強さなのに、仕草はどこか柔らかく、丁寧だった。
誰かが小さく声を上げたのにも関せず、ユーバーは少女の肩口へと鼻先を埋め、酷く楽しげに囁く。
「貴様からは相変わらず混沌の匂いがする」
「うっわ、それ褒め言葉じゃないし。ユーバーは相変わらず黒尽くめだね」
「久しぶりに血を見せろ。貴様のは格別に美味いからな」
「一滴から販売するよ。直径5ミリで3000ポッチ、キャッシュ一括払いでよろしく」
恐ろしい台詞に、少女は笑いながらユーバーの金髪を撫でて答える。
そのあまりの自然さにセラは息を呑んだ。あのユーバーが誰かに引かれている様を彼女は初めて見たのだ。
侵入者だと思った少女もどうやら自分以外の仲間とは既知の関係らしく、けれど初めて聞く名前にセラは首を傾げる。
「ルック様・・・・・・あの方は一体」
声をかけるが、隣にいる彼は少女を見つめたまま動かない。
まだ驚きの中にいるらしいルックに代わって、アルベルトが椅子から立ち上がり、説明する。
「彼女の名は。先のトラン解放戦争とデュナン統一戦争において、宿星と共にあり、戦争の終結に大きく貢献した魔術師ですよ」
「・・・・・・魔術師・・・」
「そうですね。ルック様のこの様子を見る限り、彼女はルック様にとって『憧れの君』と言ったところでしょうか」
「えっ!?」
セラが弾かれたようにアルベルトを見れば、彼はルックを眺めて楽しげに口元を吊り上げている。
同じようにセラもルックを見やるが、どうやら彼はこんなに近くで交わされている会話にも気付いていないらしく、ただひたすらに少女―――を見つめていた。
その様子に、セラもアルベルトの言葉が当たっているだろうことに気付く。
そしてロッドを手放し、慌てたように頬に手を当てた。
「そんなっ・・・ルック様の想い人だなんて! セラは、セラはまだお会いする準備が出来てません! ルック様のかけがえのない方ならば、セラにとっても大切な方ですのに・・・・・・っ!」
ぱたぱたと髪を手ぐしで直し、服の裾を払って汚れがないかチェックする。
その間もはユーバーと戯れ、彼の金髪をポニーテールにしていた。
「アルベルト! あの方は一体どのような方なのですか!? セラはどうすれば気に入って頂けるのですか!?」
「いや、大丈夫ですよ。あの方は美形がお好きですから。その点で貴女は問題ないでしょう」
「それならいいのですけれども・・・・・・っ」
心配そうに眉を顰めるセラを他所に、アルベルトは一歩へと近づく。
その顔にはいつもと違った種類の笑みが浮かべられていた。ユーバーが思わず、誰だこいつは、と剣を握りかけるほどの紳士の笑みが。
「お久しぶりです、さん」
「・・・・・・・・・その赤い髪、途中経過をとても見てみたかったと思わせる美青年っぷりは・・・・・・・・・もしかしなくても、アルベルト?」
「覚えていて頂けて光栄です」
「うわぁ、男前になったねぇ。大きくなったし、もう立派な大人の仲間入り?」
「ありがとうございます。さんこそ相変わらずお美しい」
「お世辞もうまくなったね。でも嬉しいからありがとうって言っておくよ。アルベルトは今はやっぱり軍師なの?」
「ええ。まだまだ祖父には及びませんが」
「及んだら敗戦の軍師になるから、むしろ越えるくらいでいいんじゃない? 高笑いで締めくくらなくちゃ勝利とは言えないしね」
「そうですね。貴女が私の傍にいてくれれば、そうなることが出来そうです」
「うわ、やっぱりお世辞がうまくなった」
朗らかで、聞きようによれば際どい会話が笑顔で交わされている。
ルック様の憧れの君を口説くだなんて、何てことを! アルベルトは後で敵地へ捨ててこなければ!
セラがそう決意したとき、ふっとアルベルトに向けられていた漆黒の瞳が、彼女の視線と重なった。
吸い込まれてしまいそうな深い色。美人ではないけれど整った顔立ちが笑みに変わり、美女よりも魅力的な雰囲気に、セラは一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。
とくとくと心臓が早くなっていく。きゅっと両手を握り締める。
が身体ごとセラの方を向き、にこりと笑った。
「はじめまして。私は。あなたは―――・・・・・・・・・」
何故か言葉が途切れた。
自分を見つめてくれていた瞳が何かに気付いたように瞬き、困ったような色を浮かべる。
どうしたのだろうとセラが口を開きかけると、それよりも先に自身が「アルベルト」と傍らの男の名を呼んだ。
身を屈めた彼の耳元に、が何かを囁きかける。それと同時に、同じく耳を寄せていたユーバーがいきなり大声で笑い出した。
「はははははははははは!」
「―――で? どうなの?」
「・・・・・・・・・ええ、実は」
初めて見るユーバーの爆笑にセラが驚いていると、アルベルトも笑いを堪えるように口元を押さえながら、何かをの耳に囁き返す。
その目が一瞬自分を捕らえたような気がしたけれども、彼らが何を話しているのはセラには分からなかった。
戸惑ってルックを見上げれば、仮面をしていても分かるほどに、彼は不機嫌な色を湛えている。
もしかしたら自分はに嫌われてしまったのかもしれない。セラがそう不安になりかけたとき、くるりとが向き直った。
さっきはなかった白い封筒のようなものが彼女の手に握られていて、セラは首を傾げる。
にこやかに温かく微笑み、はそれを差し出した。
セラとルック、二人に向かって。
「ルック、セラさん、この度はご結婚まことにおめでとうございます。共に過ごした時間が短い知己の身としても本当に嬉しく、心よりお祝い申し上げます。出会ったばかりの頃はまだ幼かったルックがこうして一人の女性と出会い、幸せな家庭を築くことを決意したという素晴らしい成長に私の心は感無量です。お二人が心を一つにし、幸せな家庭を築かれるようお祈りすると共に、僅かではありますが私からの気持ちとしてこのご祝儀をお受け取り下さいませ」
差し出された封筒は封筒ではなく、縦に三つ折、上下を山折りにされ中央は赤と金のリボンで結ばれていた。
上に記入されているのはルックとセラの名前。そして下に書かれているのはの名。
数秒後に現状を理解したセラが慌てて誤解を解こうとしたが、それよりも先にルックが動いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜そんなことあるわけないだろう! この馬鹿っ!!」
思い切り投げつけられた仮面が、熨斗袋を弾き飛ばす。
そのルックの行動に、アルベルトやユーバーは元より、自身も声を上げて爆笑した。
2005年6月12日