やばい。この状態は非常にやばい。どのくらいやばいかと言うと、我が息子であるがホグワーツを半壊させてダンブルドア校長に保護者呼び出しをかけられたときくらいにやばい。
いやでもあのときはあんまり焦らなかったし、修理代はキャッシュで払えたから問題もなかった。むしろを宥めるのに苦労したんだけど、あぁでもやっぱり流石は私の息子、魔法レベルは超人級?
って違う、今はそんなことを言っている場合じゃない。結構真面目にやばい状態なのであって。だから、ねぇ?
「・・・・・・、ストップ。これ以上は」
本気で不味いのでちょっと押し返したら、私の肩口に顔を埋めていた彼は目線を上げた。
それを見てすぐに後悔した。いや、止めたのを悔いたんじゃなくて、彼に紋章を使わせたのを悔やんだんだけれど。
「・・・・・・・・・・・・っ」
真っ青な顔で、今にも泣き出しそうな蒼色の目で、掠れて必死な声で名前を呼ばれて。
距離を狭めてくるに心底やばいと思ったけれど、ここで拒んだら彼が壊れることが分かっていたから、受け入れた。
口付けてきた唇は、まるで海のような味がした。
海はいつでも傍にいるよ
船の中にいると、時間が分かんなくなることが時々ある。小さな窓に広がるのは一面の青だし、太陽の位置で時間を計るには甲板に出なきゃいけないし。
幸い体内時計は正常を保ってくれてるから、ある程度の時間は分かるんだけどね。ご飯になれば猫ルックが教えてくれるし。
ちなみにルックは猫になっても人間と同じ普通のご飯を食べている。この前はコーヒーも飲んでいたような。実験材料にされる日も遠くないような気がするよ。不破がいたら間違いなくバラしてるよ。
えーと。で、つまり私の体内時計だと今は午前五時くらいなわけで。
部屋に帰るなら今のうち。あと一時間もすればみんな活動を始めるし、そうすると目撃される可能性も巨大になるから逃げるならまさに今のうち。
だけど今ここで逃げたら、昨夜の私が無駄になる。いや別に慰謝料を要求するつもりはないんだけどね。むしろこっちがご馳走様と言うべきだろうし。
でもを安心させるために、朝はちゃんと顔を合わさなくちゃいけないんだよ。
というわけで、、ちょっと起きて下さいな。でもって私と会話してから二度寝プリーズ。
隣で寝ている彼の頬をつんつんと突くと、ちょっとだけ眉が動いた。でもって祈りが通じたのかうっすらと瞼が開く。
「おはよう、。今日も素敵に美少年だね」
セピア色の髪を引っ張ってみよう。昨日も思ったけど、太陽の下にいることが多い割には艶々だな、オイ。
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
寝起きで掠れてる声には、昨日の焦りは見られない。うん、よしよし。回復してるっぽい。
「おはよう、」
「・・・・・・おはよう」
「お目覚めはいかが? 目とか頭とか痛くない?」
「いや、平気・・・・・・って、何でが―――・・・・・・・・・」
ぼんやりとしている青い目が眠そうに数度瞬く。でもって不思議そうに私を見る。うん、そうくるだろうとは思ったよ。
あぁ、目が腫れちゃってるなぁ。あれだけ涙を流せば当然だろうけど、後でタオルで冷やした方がいいかもね。
まぁそのままでも美少年顔は健在だから私的に支障はないんだけどさ。
そんなことを考えてると、の視線が私の顔から下に下がっていって、目を見開いたかと思うと息を呑んで、顔色を真っ赤にさせると次の瞬間は真っ青になるという見事な動揺っぷりを見せてくれた。
・・・・・・・・・うわぁ、想像通りだよ。純粋さというのは時にパターン化するものなんだねぇ。
「えっ・・・・・・! あ、お、俺・・・・・・・・・っ!」
ものすごいオロオロ中なが上半身を起こす。そうすると自然と私たちを覆っていた毛布も動いて、が再度真っ赤になって、あわあわしてたらベッドから落ちて床に転がった。
・・・・・・・・・うん、純粋さっていいねぇ。無くしてた何かを思い返してくれるよ、本当。この状況で落ち着いている私は純情じゃないよ、絶対。今後乙女を名乗るのは止めようかなぁ。
まぁそれはさておき、今現在私もも全裸なわけで。それで彼だけベッドに下に落ちていると、ちょっと目のやり場に困るわけで。
服を着たら、と言うのもなんだから、とりあえず毛布を頭から被せておこう。でもって彼が顔を出してくる間に、私はベッドのシーツを剥ぎ取って身につける。
どこか呆然としているの顔が、くしゃりと泣きそうに歪んだ。
「・・・・・・・・・ごめ」
「はいストップ。謝られるようなことは何にもされてないよ。は昨日、生きている自分を感じたかった。でもって私はそれを感じさせることが出来た。相互理解の上に成り立った行為なわけで、どちらか一方に非があるわけじゃない」
「でも俺はっ・・・・・・の意思を無視して・・・・・・!」
「うん、それはそうかもしれないけどね。でも乱暴なことはされなかったし、本当に切羽詰ったを拒絶するほど、私はのことが嫌いじゃないし」
「・・・・・・でも・・・」
「むしろ私こそご馳走様じゃないの? 、初めてだったでしょう?」
なんとなく昨日の感じからして聞いてみると、はちょっとだけ目を見張ってから視線を逸らした。
うわ、本気で私はご馳走様だよ。ごめんね、これからの恋人のなるお嬢さん。不慮の事故だと思って広い心で許して下さい。
まぁ技術なんかは仕込んでないし、まっさらな状態だと思うからそれで勘弁して下さいな。
「」
手を伸ばして頬に触れると、びくっとの身体が震えた。うーん。すべすべの肌はさすが若者。
ベッドから降りて、同じように床に座る。目線が同じになるとは気まずそうに眉を下げたけど、でも視線は逸らさなかった。
誠実だね。まぁ、そんなだからこそ私も拒まなかったわけだし。
なのでいつまでもそうやって気にされてると、むしろ逆に私が襲ったって言った方が安心できたんじゃないかなぁと思わなくもないわけで。
頬に寄せていた手で、の手を握り締める。
彼の命を削っていく紋章に触れたとき、やっぱりは身体を揺らした。
テッドといい、ルックといい、真の紋章持ちは接触嫌いで非常に困るよ。みんな美少年だからこそ余計につまらん。
「は温かいよ」
握った手を引き寄せ、私の頬に触れさせる。うん、こんな熱を持った人間が死人だったら不破もびっくりだ。
泣くのを堪えるように唇を噛み締めたに笑って。
「大丈夫。はちゃんと、今ここに生きているから」
上手く出来てるか分からないけど、精一杯笑ってみせる。
死にそうな自分と、死を望んでいる自分と、それでもなお生に縋りつきたい自分というのは、私にも経験がある。
だからこそを受け入れたんだよ。そういう思いを込めて微笑めば、強い力で抱き寄せられた。
首筋に触れる髪がくすぐったくて、シーツ越しの肩口がじんわりと湿っていって。
よしよし、と頭を撫でると、さらに抱きしめてくる力が強くなる。ちょっと苦しいけど、まぁ黙っておこう。
「・・・・・・・・・」
「ん?」
くぐもって聞こえてきた声に、思わず素で笑ってしまった。
「ありがとう・・・・・・っ」
うん、やっぱり身体を張った行動の後は感謝の言葉があるといいね。
どういたしまして、と抱きしめ返してあげると、はまた、少しだけ泣いた。
その背中を毛布越しにぽんぽんと叩いて撫ぜる。
大丈夫。海はいつだって、君の傍にいるよ。
・・・・・・・・・それにしても、そろそろ部屋に帰らないと大量目撃されそうだなぁ・・・・・・。
猫ルックの切り裂きが渦を巻いてそうで怖いよ。うわ、勘弁。
2005年6月12日