幸村君の華麗なる快気道





不二裕太は受信メールを読み返した後、溜息をつきながら談話室へと入っていった。
テレビを見たり、話をしたり、それぞれめいめいに楽しんでいる寮生たちの間をすり抜けて。
奥で一番座り心地の良いソファーを占領している人物の横に、椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
「・・・・・・観月さん」
「何ですか? 裕太君」
「兄貴が、何かまた馬鹿なことを言ってるんですけど」
兄、という単語に観月はパソコンのキーボードを叩いていた手を一瞬だけ止め、けれどまたカタカタとデータを整理し始める。
「不二君が可笑しいのは今に始まったことじゃないでしょう」
「それはそうなんですけど・・・・・・」
「それで? 一体彼は何て言ってきたんです?」
「・・・・・・・・・何か、兄貴が言うには」
散々躊躇った後で、観月の一睨みに促されて裕太は答える。



「・・・・・・立海の幸村さんっていう人に、猫耳が生えたって言うんですけど・・・」



夜のゴールデンタイム。学生さんたちの羽伸ばし時間。
例に漏れず楽しい声が上がっている聖ルドルフの談話室で、けれど片隅だけはやけに静かな沈黙が広がっていた。
裕太はついに言ってしまったと顔に書きながらも恐る恐る観月を見やり、見られている観月は観月で、眉間に皺を寄せながらパソコンのディスプレイを眺めている。
彼は大きく溜息を吐き出した後、ソファーにもたれかかってクルクルと自分の前髪をもてあそび始めた。
「・・・・・・裕太君」
「は、はいっ!」
「その猫耳は、おそらく90%以上の確率でさんのやったことでしょう」
いきなり出てきた名前に裕太は目を瞬く。
と言われて最初に浮かぶのは、忘れることなんて一生出来ないだろう印象的な少女で。
まさかと思いながらも問いかけずにはいられない。
「・・・・・・・・・って、あの、魔女っ子のですか・・・?」
「ええ。不破君が柳沢をアヒルに変えたのを戻しに来てくれた魔女っ子さんですよ」
「な、何でアイツの仕業だって分かるんですか?」
「何でも何もありません。だって僕は見ましたからね」
何を、と問いかけるのが恐ろしくて出来ない裕太を他所に、観月は前髪をクルクルと巻きつけながら言い放つ。



さんが、ハンズのパーティー用品売り場で散々物色しているのを」



あぁ、と裕太は思わず明後日の方向を眺めてしまった。
ハンズといえば色んな品が手に入るという有名店。その中でもパーティー用品といえばピンからキリまで揃っていることで名が知れている。
それはもう、本当に。正統派なものからB級路線、果ては笑いのボーダーラインまで。
・・・・・・・・・本当に、色々なものが置いてあるのである。
「えっと、それで・・・・・・アイツは猫耳を買っていたんですか?」
裕太がどうにか尋ねると、観月は意外にも首を横に振る。
けれど続けられた言葉は妙に説得力を持っていた。
さんは基本的に見るだけで買わないそうですよ。自分で作った方が安く仕上がると言っていましたから」
「・・・・・・・・・あぁ・・・」
「だけど本当に恐ろしいのはそんなことじゃありません」
「―――え?」
意識を非現実へ飛ばしかけていた裕太は、深刻そうな観月の声音に引き戻されて彼を見た。
柔らかに整った観月の表情に、今は深い翳りが浮かんでいる。
独特の雰囲気を持っている彼にそんな顔はとても良く似合っていたが、それが本気で憂いでいるのに気づき、裕太は眉根を寄せた。
「観月さん・・・・・・?」
心配そうな声音が、談話室の隅に落ちて、ゴクリと唾を呑む音が響く。
観月が、口を開く。



さんがパーティー用品売り場で長時間見入っていたのは、猫耳なんかよりも鼻メガネなんですよ・・・・・・!」



(鼻メガネ:黒縁のビン底メガネにゴムの鼻がくっついている仮装の必需品。この場合はオプションでヒゲもついていたらしい/観月談)



「・・・・・・・・・観月さん」
「みなまで言わなくてもいいですよ、裕太君」
「はい。じゃあよろしくお願いします」
「分かりました。今回は赤澤にでも犠牲になってもらいましょう」



観月と裕太がそんな会話を交わした翌日。
原因不明の腹痛で倒れた赤澤が、面白い患者がいると評判の病院に担ぎ込まれていくのだった。





2004年6月4日