幸村くんの華麗なる快気道





病室の扉を開けるなり、真田は閉めた。
そしてドアノブを持ったまま、しばしの間硬直する。
冷静に物事を見極めようと先ほどの目にした様子を思い返すが、それも有益な結果を彼にもたらすことは出来ず、ただ時だけが過ぎて。
冷たい汗が真田の額を流れ落ちる。
・・・・・・どうしよう。
真田は今、苦悩していた。正直このまま何もなかった事にして帰宅したいと思った。
そしてそのまま己の迷いを振り切って帰っていればよかったものの。
「開いてるよ、真田」
中から声をかけられ、今更逃げる事は出来ない。
退路を断たれた真田は、まるで処刑を待つ落ち武者のような気分で再びドアを開いた。
変わらない殺風景な病室には、これまた悲しい事に、変わらない彼の友人である幸村がいる。
・・・・・・いや、今日の彼はいつもと違う。



緩やかなウェーブの髪を蛍光グリーンに染めた、幸村がいた。



・・・・・・あぁそうだ、これはきっと薬の副作用か何かなんだ。
真田はそう思った。というか、そう思いたかった。思うことでどうにか常識を保持し続けていたかった。
なのにそんな彼の切なる願いを打ち砕くように、幸村は微笑む。
「いらっしゃい、真田」
普通に話しかけてくる様子がいつも通りすぎて、何をどうすればいいのか分からない。
とりあえず、無難な答えを返しておこうと思った彼は、ここ数日で少しずつ応用力がついてきたと思われる。
正確にいえばついてきたのは応用力ではなく、諦めの早さなのだけれど。
「・・・・・・具合はどうだ?」
「今日はいいんだ。すごく体が軽い」
「そうか、それは良かった」
自らの体調を語る幸村の顔は嬉しそうで、真田も自然と笑顔になる。
だが、蛍光グリーンの髪は、まだ真田の視界からは消えてくれない。
聞いてもいいのだろうか。聞かないべきなのだろうか。そんな問いばかりが真田の思考回路を巡り続ける。
もし本当に薬の副作用だったら、当然聞かれるのは嫌だろう。
それに気分転換の一種だとしたら、あまりにも突飛すぎる。髪を染めるなんて、しかも蛍光グリーンに染めるだなんて、いくらなんでも幸村らしくない。
悶々と悩み続ける真田に、幸村がくすりと笑みを漏らして。
「この髪、そんなに気になる?」
核心に入るときは一気だ。柔和な表情からは考えられないような鋭さを幸村は持っている。
まぁこの場合は、真田の表情が読みやすすぎるということがあるだろうが。
考えていた事をズバリと指された真田は慌てふためくが、幸村は本当に楽しそうに笑った。
「これは副作用らしいよ。メロン味だとこうなるんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「昨日はグレープ味だったから紫だったんだよ。その前はオレンジ味だったからオレンジだったし。真田にも是非見てもらいたかったな」
そう話す彼の表情は実に穏やかだ。それどころか嬉しそうな気配さえ醸し出している。
だが、そんなことは問題じゃない。
メロン味だから蛍光グリーン?
グレープ味だと紫?
オレンジ味だとオレンジ?
何だそれは、と真田の思考がショートしかけたとき。



「やっぱり魔女っ子さんの薬って面白いね」



楽しそうに笑う幸村を眺めながら真田は思い出した。数日前に突然現れて、真田の常識を蹴り破っていった少女のことを。
突飛すぎる存在に脳内がますますショートして。
けれどまぁ、幸村が実に良さそうな状態だったから。



「・・・・・・感謝せねばな」



自分でもよくわからない事を、結局真田は口にしたのだった。





2004年5月13日