シムカちゃんとのデートの待ち合わせ場所に行く途中、声をかけられた。
「あんたが『月下の魔女』か?」
ムーンリット・ウィッチって何ですか。Moonlit witchでいいのかな? 冠詞が抜けてるからテストではマイナス1点必須?
話しかけてきたのは小柄な影。ヘルメットにロングコートを着てるけど、レーダーが反応してる。ってことは美少年だね、君。是非そのメットを取ってみて下さいな。
「残念ながら人違いです。他をおあたり下さい」
「『渡り鳥』が言ってたぜ。『夜中にだけ会える魔女がいる』ってな」
「シムカちゃん?」
最近お知り合いになれた美少女と美女の中間にいるような女の子。
うーん、シムカちゃんはアレだね。成長途中だけに見れる期間限定の魅力を今まさに発散してる。
目の前の少年はシムカちゃんよりもっと年下っぽい。中学生か小学生? どっちにしろ現在の時刻は夜の9時50分。

「坊や、そろそろ寝ないと背が伸びないよ?」

せっかく美少年っぽいのに勿体無い。そう言ったら何でかメットの少年はピキッと固まって。
そして星空の鬼ごっこが始まってしまった。





03.魔女っ子、雷と炎に出会う





うっわー面白い。面白い面白い。このメットの少年のエア・トレック、面白すぎて不破を呼びたいよ。
一晩貸してくれないかなぁ。どんな性能になってるのか、不破とバラして研究したいよ。レンタル料、一万円くらいなら払ってもいいけれど。
「っていうか、成長期の体を何もそんなメカニックで固めなくても」
ますます成長が遅れますよー。そう言ったら、何でかメット少年のスピードが上がった。
うわ、怖。図星指されたからってそんなに怒らなくても。こっちとしては親切心で言ってるだけなのに。
美形は人類の宝だよ。だから大切にしたいのになぁ。
「魅せてみろよ! おまえの道を!」
「うーん、リクエストにはお応えしたいんですけれど、何分始めたばかりの若輩者でして。あぁ、でも」
重心を一気にずらし、スピードを上げる。前じゃなくて後ろに。すれ違う最中、ヘルメットに手をかけた。
さすが不破印のエア・トレック。絶妙なチューニングだね!
「・・・・・・っ!」
「うわぁ、本当に美少年だ」
メットを取られた少年が、大きくジャンプして後退してから私を睨み付けてくる。
うん、やっぱり小学校高学年から中学一年生くらい? 強気な目元と愛らしい顔立ち、将来ものすごく有望そうな美少年。
ルックのように繊細じゃなくて、どちらかといえば真田君系? 生意気さが可愛いタイプと見た。
「はじめまして、こんばんは。シムカちゃんの友達のです」
美形とはお知り合いにならなければ。そう思って挨拶したんだけど、まだ睨まれてるし。
メット取ったのがそんなに拙かったかなぁ。もしかして素顔は秘密なタイプとか?
「・・・・・・俺は『紫電の道』、雷の王。『夜の烏』の鵺」
何か知らない単語がいっぱい出てきた。えーっと、ライジングロード? ブラック・クロウ? っていうか『鵺』ってあだ名? それとも苗字? 名前?
あぁやっぱり流行に取り残されてるのかも。これからはニュースや新聞だけじゃなく、週刊誌やネットなんかもチェックしよう。もうちょっと今風の人間にならなくちゃ。
「えーと、鵺君? あなたもシムカちゃんのお知り合いで?」
「あぁ、一応な」
「私はこれからシムカちゃんとデートなんですけど、一緒に行きます?」
三角デートもオッケーですよ。そう言おうと思ったら、何だか全身が動き辛いのに気づく。
あー・・・・・・月光でキラキラして見えるのは何だろう。ワイヤー? うっわーいつの間に。
っていうか鵺君。こんなに大量のワイヤー持って走るのって大変じゃありません?
「俺の玉璽は電流を流す。丸焦げになりたくなきゃ、逃げてみろ」
レガリアって何ですか。どこかに単語集とか売ってませんか?
「逃げればいいんですか?」
「あぁ、出来るもんならな」
「じゃあ、遠慮なく」
エア・トレックを一番近くのワイヤーに乗せる。不破印のモーターさん、出番ですよー?
怪訝そうな顔で私を見る鵺君は、やっぱり将来有望だ。夜に寝てちゃんと身長が伸びれば更に。
「このエア・トレック、モーターが最高何回転すると思います?」
にっこり笑って、シムカちゃんを見習って小首を傾げる。
「マックスまで上げればワイヤーを溶かすくらいの温度とか、簡単に出ちゃうんですよねぇ」
ちなみに断熱材使用なので私は燃えたりしないです。ってわけで、さようなら?
溶けて消えた足場を抜けて、一気に落下。あぁ、何か久しぶりの地面かも。
くるっと着地して上空の鵺君に手を振れば、どこかから拍手が聞こえてきた。
そっちを見てみれば、本日のデート相手のシムカちゃんが、隣に年上のお兄さんを引き連れて立っている。
ではではギャラリーに向けても一礼を。
「さっすがちゃん。鵺君も形無し」
「もしかして待ち合わせ遅刻? それとも浮気されちゃった?」
「まさか! 私はちゃん一筋だもん」
「あはは、ありがとうございます」
電線の上で鵺君が舌打ちしてる。あ、そういえばメットはまだ貰ったままだ。
とりあえずシムカちゃんのところまでジャンプすると、隣にいたお兄さんも美形なことに気づいた。
うーん・・・・・・二十代半ばくらい? 中々紳士そうに見えるけど、中身は果たしてどうなのか。
ちゃん、こっちはスピ君。『炎の道』の炎の王だよ」
フレイム・ロードってだから何。っていうかスピさんもそれは苗字ですか名前ですかそれともあだ名なんですか?
「はじめまして、月下の魔女。お会いできて嬉しいよ」
「はじめまして、です。何てお呼びすればいいですか?」
「スピット・ファイアでも、炎の王でも好きなように」
握手した手の感触から見るに、この人は手を酷使する職業なのかな。薬品を使う研究者か、あるいは薬剤師とか美容師か。
「っていうかシムカちゃん、『ムーンリット・ウィッチ』って何?」
「あぁ、それね、ちゃんの二つ名。『月下の魔女』ってそのままだけど可愛いでしょ?」
「シムカちゃんの『渡り鳥』みたいな感じ?」
「そうそう。ちゃんはその名前で、ライダー中に知れ渡るよ」
シムカちゃんはそう言うけど、まぁ第三者に個人情報が渡るよりはいいから良しとしよう。うん。
音もなく近づいてきた鵺君はやっぱり小さい。メットを被せてあげようとしたら、どうやら被らないらしく手で奪われた。
ご機嫌斜めな美少年に、シムカちゃんもスピさんも笑ってる。
「・・・・・・言っとくけど、俺の実力はあんなもんじゃないからな」
下から睨まれても可愛い以外の感想が浮かばないよ。ボキャブラリーが貧困でごめんね、鵺君。
「ねぇ、ちゃん」
振り向けば、シムカちゃんが私の手を握っていた。まっすぐな眼差しで、彼女は言う。

「私たちのチーム―――『ジェネシス』に入らない?」

シムカちゃんは真面目な顔も可愛いなぁ。
そんなことを考えながら、とりあえずチームの意味が分からないからやっぱりワイドショーも見るべきなのかな、なんて思った。
っていうかエア・トレック単語集、マジでどっかに売ってない?





鵺君は可愛い。
2006年5月19日