「最近ご機嫌だね、シムカ」
スピット・ファイアの言葉に笑顔を返す。うん、ご機嫌なの。わくわくどきどきが止まらないの。
「すごいライダーと出会えたのかな?」
そうね、きっとすごくなるライダーと出会えたの。でもね、それだけじゃないと思うんだ。
心が訴えて仕方ないの。こんなに楽しい気分、久しぶり。
もしかしたら私、魔法をかけられちゃったのかもしれないね。
02.渡り鳥、魔女っ子と逢瀬を繰り返す
「こんばんは、シムカちゃん」
再会は思ったよりも早くやってきた。
ちゃんと出会ったビルの屋上でのんびりと月を眺めていたら、かけられた声。
敬語は抜けてないけど、約束どおり『シムカちゃん』って呼んでくれてる。うれしくて私も大きな声で答えた。
「こんばんは、ちゃん! エア・トレック、出来た?」
「出来ましたよー。不破と三日三晩徹夜でやっちゃいました。もう楽しくて楽しくて」
「見せてくれるの、私が最初?」
「もちろんです。約束どおり、シムカちゃんが最初」
ふわっと屋上に降り立ったちゃんは、今日も肩にオレンジ色のウサギを乗せている。
「お披露目します。これがのエア・トレックです」
長い黒のローブを脱いで、現れたちゃんの足元はシルバーのエア・トレックで彩られていた。
ブーツじゃなくてスニーカー風のシューズ。銀に濃いブルーのラインがアクセントになってる、綺麗なフォルム。
一見そこらへんにあるエア・トレックだけど、ホイールが普通のより細いかな。
「バランス重視のトリック用?」
「さすがシムカちゃん。スピードも好きですけど、やっぱりトリックをたくさん決めたいなーと思いまして」
「モーター音が普通のと違うね。どんな細工してるの?」
「この前買ったのをバラして、もっと微細に作り変えたんです。筋肉の意思がよりよく伝わるために」
「へぇ・・・・・・すごいね。うん、すごいよ」
見れば見るだけ、このシューズの計算された性能に気づく。こんなのかなり腕のいいメカニックじゃないと調律できないよ。
「友達にすごい理論的な魔法使いがいるんですよ。で、その協力を仰いで物理工学を基にゼロから設計してみました」
「魔法使いも物理とかやるんだ?」
「不破はもともと普通の人間でしたし、むしろ人間の機械化学と魔法を融合させて日夜研究に励んでますよ」
楽しいからいいんですけどね。そう言ったちゃんはニーソックスにチェックのキュロット。フードつきのパーカーを着てて動きやすい格好をしてる。
いつの間にか頭に移動してたウサギをフードに入れて、にこって笑った。
「一応、上下左右の走りは練習してきたんです。今度はイルミネーションのデートなんていかがですか?」
おどけた言葉に、私も笑う。
「もちろん、喜んで!」
手を繋いでビルから飛び降りた。
風を切って進む。こんなに楽しいのは、やっぱりちゃんがいるからだね!
それから何度も、私たちはデートした。
ちゃんと会えるのは、いつも夜中。大体10時から2時の間くらい。
どこからともなく現れて、どこへ行くでもなく去っていく。
「ねぇ、ちゃんって昼間は何してるの?」
貸してもらったオレンジ色のウサギを抱きしめながら聞いてみる。
すごいふわふわで可愛い。名前はクロトって言うんだって。おてんばでやんちゃなオスだって聞いた。
壁登りをしてたちゃんは、壁を蹴って空中で一回転してから綺麗に着地する。
うーん、上手いなぁ。技も私が一度見せると大体覚えちゃうし。やっぱり私の勘、当たってたね。
「昼間は、大体研究してたり、本読んでたり、栽培してたり、遊んでたりしてます」
「あれ? もしかして大学生?」
「うーん、学生ではないですけど、社会人でもないような。一言で言えば『趣味の人』かも?」
「なぁに、それ? そういえばちゃんって何歳?」
「何歳に見えます?」
「うーん、16歳くらいかな」
「ぶっぶー。不正解により答えは内緒です」
秘密のポーズをして、ちゃんはまた壁登りに戻る。もう校舎越えも簡単だね。回転系も魅せてくれるし。
「じゃあ、趣味はー?」
「今はエア・トレック。これすごく楽しいです」
「好きな食べ物」
「何でも食べますよ。和洋折衷、甘辛しょっぱいすっぱい、何でもオッケー」
「彼氏はいる?」
「残念ながら。恋愛しにくい体質みたいで」
「可愛いのにもったいないね。じゃあ好きなタイプは?」
「美少女、美少年。なのでシムカちゃんは私の好みジャストミート!」
「本当? 嬉しいな」
これはお世辞じゃなくて本当。ちゃんに好かれてるって思うと、何だか嬉しくなる。私もちゃんのこと大好きだし。
「基本的には、財力に不自由しなくて、自分の身は自分で守れて、権力を持ってる人が好きです。それか頭の回転が速くて、会話がテンポ良く進む人」
「・・・・・・何か、ちょっと意外かも」
「まぁ財力とかは自分で手に入れますけど、あるにこしたことはないですからねぇ。ってわけで、基本は美形を観賞することが好きですよ」
ちゃんはそう言ってるけど、本気になったらハーレムも作れちゃいそう。だってそれだけ魅力的なんだもの。
魔法なんかじゃない、人間としての魅力。すごいな、吸い込まれちゃいそう。
「シムカちゃん」
上りきったビルの屋上から、ちゃんが空を指差す。
「見て、月が綺麗」
月光の下、笑うちゃんこそ本当に綺麗で。
どきどきしている私の心は、まるで恋でもしてるみたい。
どきどき。どきどき。
クロトはもちろんアレです。100怪談のオレンジウサギ。
2006年5月19日