今夜はバトルもないし、カラス君ところに行く予定もない。
チームも離れて久しぶりにゆっくり空を飛ぼうかな。そう思ってエア・トレックを走らせる。
民家の屋根を伝って、ビルの壁を登って。
屋上から見渡す街はなんて綺麗。
「こんばんは、お嬢さん」
かけられた声に振り向くけど、そこには誰もいない。攻撃的な気配は感じないし、誰だろうと思ってたら、もう一度声がした。
「こっちです、こっちこっち」
振り向いた。今度は街の方に向かって。
星空をバックに、宙に浮いている女の子がいる。
彼女は私に向かってにこっと笑った。あ、可愛い。
「こんばんは、私は魔女っ子・といいます。よろしければ一緒に夜空のデートでもしませんか?」
その子はエア・トレックも履いてなくて。
箒に乗って、空を飛んでいた。
01.渡り鳥、魔女っ子と出会う
ちゃんと名乗ったその女の子は、本当に宙に浮いていた。屋上にいる私から五メートルくらいの位置で、下にはイルミネーションを広げながら。
箒に乗って、ぷかぷか浮いてる。信じられないはずの光景なのに、私の心はどきどきしてくる。こんなの、カラス君に会って以来かもしれない。
「私はシムカ。・・・・・・『渡り鳥』のシムカ」
よろしく、と手を差し出すと、ちゃんも器用に箒を操って近づいてきて、手を握り返してくれた。
「シムカさん。お名前まで可愛いですね」
「ちゃんこそすごく可愛いよ。魔女っ子って本当?」
「はい、本当です。なのでこんな風に空も飛べたりしちゃうんですよ」
くるーりとちゃんは箒で一回転してみせる。そのときに、箒に乗っているオレンジ色のウサギが落ちちゃわないかって心配になった。
でもウサギはぴとっとくっついていて、むしろ楽しんでるみたい。
「でもシムカさんこそ、さっきはまるで魔法みたいにビルを登ってたじゃないですか。一体どうやったんですか?」
「エア・トレックだよ。ちゃん、知らない?」
「何分、世間知らずの魔女っ子でして」
頬を掻く仕草も可愛い。何て言うのかな、女の子受けする可愛さ? 美少女ってわけじゃないんだけど、魅力に溢れてる感じ。
エア・トレックについて説明すると、ふむふむ頷くけどその表情もまた可愛い。
ウサギは眠たくなってきたのか、ちゃんのパーカーのフードに移動して丸まっている。
「それ、値段って結構します?」
「うーん、まぁ安いものではないけどね。でもちゃんが欲しいなら、私が口利いて安くしてもらうよ?」
「いいんですか? じゃあ是非」
これは私の勘だけど、ちゃんは絶対にエア・トレックが上手くなる。見てみたい、そのバトルを。
「でもね、交換条件がひとつだけ」
ウインクをして、思いっきりの笑顔で頼みごと。
「私も箒に乗ってみたいな」
小首を傾げると、ちゃんは目をぱちりと瞬いて笑ってくれた。
それからは文字通り、夜空のデート!
私行きつけのお店に行って、いっぱいエア・トレックの品を見たけど、ちゃんは一番一般的でシンプルなのを選んだ。
トリックにも、スピードにも、パワーにも特化してない、無個性のタイプ。
「ねぇ、シムカさん。これって好きに改造していいんですよね?」
ホイールやモーターを確かめながら、ちゃんが聞いてくる。
「もちろん。みんな色々工夫して自分だけのエア・トレックを作ってるよ」
「うっわーそういうの、めっちゃ好きです。不破も呼んで改良しよう。絶対面白い」
「あ、でも魔法は使っちゃダメだよ? 個人的にはすごく見てみたいけど、それはルール違反だもん」
「分かってます。その世界にはその世界のルールがありますから」
だから魔法は使わないでエア・トレックを楽しみます。そう言ってちゃんは、たくさんの部品を買った。
うーん・・・・・・私と同じ年くらいに見えるんだけど、何歳なのかな。お財布に万札が束で入ってるとこを見ると、学生じゃないよね。
袋を抱えて、ちゃんは空を見上げる。
「あー・・・・・・ごめんなさい、そろそろ時間だから帰らなくちゃ」
「えーっ! もっと遊びたかったのに・・・・・・」
これから技もいっぱい教えようと思ってたのに。確かにもう夜中の二時近くだけど、もっともっと一緒に遊びたかったのに。
不貞腐れてると、ちゃんは困ったように笑う。
「また会えますよ。このエア・トレックを私用に改良してきますから、そうしたらまた色々教えて下さい」
「ぶー・・・・・・絶対だよ? ちゃんがエア・トレックを見せるのは私が一番最初だからね?」
「はい。それじゃ、また」
ちゃんが掌をかざすと、箒が一瞬で出てくる。本当にすごい。
ふわっと浮いていく彼女を近くのマンションの屋上まで見送って、手を振った。
「今度は違う魔法も見せてねーっ!」
「オッケーでーっす!」
「それと、敬語もいらないよ!」
笑うちゃんはやっぱり可愛い。
「今度会ったら、『シムカちゃん』って呼んで!」
小さな影が月の中に消えていく。
どきどきしっぱなしの私の心臓は、まだまだ治まりそうにない。
壁を伝う気も失せて、思い切りマンションから飛び降りた。
重力に引っ張られる私は、やっぱり魔女っ子ではないけれど。
この胸のどきどきさえあれば、何だって出来る気がするの。
「またね、ちゃん」
闇夜の魔女っ子さん。
あなたの二つ名は私に決めさせてね?
至らない点が山ほど出てくると思いますが、スルーしてやって頂けると幸いです・・・。
2006年5月19日