03:ドライブ・ライブ
化け物さんたちを倒してからというもの、私と男の人はさくさくと自然の中を歩き始めた。
ちなみに男の人の名前はアラゴルンさんと仰るらしい。職業はさすらい人。
「それは何ですか」と聞いたら、「旅をする流れ者のことだ」という答えが返ってきて。
フリーターとは違うみたい。旅をするってことは旅行者?でもそれじゃ『流れ者』の説明が出来ないし。
とりあえず、そんなアラゴルンさんは私を『裂け谷』という場所まで連れて行ってくれるらしい。
「・・・・・・君は、本当に中つ国とは違う世界から来たのか?」
巨大な岩に手をかけてよじ登りながら、アラゴルンさんはそんなことを仰る。
いやでもね、その問いは今更だと思うんですけど。
私はアラゴルンさんが上まで上がってくるのを、箒にまたがってフワフワ浮きながら聞き返す。
「こちらの世界では、箒に乗って空を飛ぶ人がいるんですか?」
「・・・・・・・・・いや、いないな」
「じゃあやっぱり私は異世界から来たんだと思います」
「ならば普通は錯乱したりするだろう」
「不本意ながらも慣れてますから」
そう答えたら、ようやく上までいらっしゃったアラゴルンさんは訝しそうに眉をしかめて。
でも本当なんだから仕方ないでしょう。ホグワーツの裏道には異世界への扉で満ち溢れているんですから。
「・・・・・・・・・とにかく、君はサウロンやサルマンの手先ではないようだ。ここはエルロンド卿のお力を貸して頂いて・・・」
サウロン?サルマン?猿マン?猿男?
「この世界を闇に染めようとしている邪悪な者だ。我々は―――・・・・・・私は、それを阻止せねばならん」
「お一人でですか?」
「・・・・・・・・・」
返事は返ってこない。
うーん、それにしてもどこの世界にも同じような人がいるもんだねぇ。
こっちにはサウロンさんだかサルマンさんだかで、私の世界ではトム・マルヴォーロ・リドル兼ヴォルデモートさんで。
どちらにせよ世界のすべてを手に入れたいと願うワガママさんはいらっしゃるらしい。
でもこういう人たちは願いに見合う実力があったりするからどうしようもなかったりして。
力があるから世界を欲しがるのか、世界が欲しいから力を手に入れるのか。鶏ヒヨコ、鮭イクラ。
私には・・・・・・・・・関係ないと言い切れないのが悲しいけれど。
「それでアラゴルンさん、『裂け谷』とやらまではどのくらいかかるんですか?」
さっきの会話以降、難しい顔で思考の迷宮を彷徨っていたらしいアラゴルンさんは、ハッとしたように顔を上げる。
その間も歩く足が止まらないのは、さすが『さすらい人』と言ったところか。
「大体歩いて七日といったところだ」
「・・・・・・・・・遠いですねぇ」
「そうでもないだろう」
私とアラゴルンさんでは距離と時間の感覚も違うらしい。
うーん、それはたぶん、こっちの世界・・・・・・中つ国には、車やら飛行機やらがないからだと思う。
だって人間が分速100メートルで歩いたとして、一時間で6000メートル。一日10時間歩いたとして60000メートル、すなわち60キロ。
でもこの計算には人間の体力その他の面でいろいろと無理があるから、おそらく歩けて40キロってところだろうし。
っていうことは七日で280キロ。それってつまり東京から名古屋くらいまでの距離じゃ。(結構適当だけど)
・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり、遠いって。
「アラゴルンさん」
私は宙に浮いたまま、またがっている箒を指差して。
「この箒なら、その『裂け谷』まで四時間もあれば着くことが出来ます」
あ、足が止まった。
でも嘘じゃないんですよ。この箒はホグワーツ日本校の備品を勝手に呼び出したものだけど、去年新しく買い揃えたばかりらしいし。
時速70キロは制限速度オーバーだろうけど、この国じゃそういうことで捕まることはないみたいだし。
「・・・・・・・・・それは、私にも乗ることが出来るのか?」
アラゴルンさんは半信半疑。
「出来ますよ? というか、私が運転しますから、後ろに乗って捕まって下されば」
大丈夫ですよー。変なところに連れて行ったりする気はないし、むしろナビゲーターしてもらわなくちゃだし。
少し考えていた後で、アラゴルンさんは決心したのは「頼む」と言って頭を下げた。
「ではどうぞ。セクハラとか言ったりしないんで、ちゃんと私に捕まって下さいね」
アラゴルンさんはセクハラの意味が分からなかったようで首を傾げたけど、それでもちゃんと私の腰に捕まった。
おそらく宙に浮くという行為が初めてで不安が半分、だけど初対面の女子の腰に捕まることに対しての遠慮が半分。
うん、この人はいい人だ。
「じゃあ行きますよ。ちゃんと案内して下さいね?」
「あぁ、分かった」
良いお返事をもらって、ではでは出発進行。
私は箒を持つ手に力を込めて、そして。
「ぎゃあああああああああああああああ――――――――――・・・・・・・・・っ!?」
初のジェットコースターに泣き叫ぶようなアラゴルンさんの悲鳴が響いた。
中つ国初の空を飛んだ人間として、宙返りや空中滑降などのサービスをしていたら、アラゴルンさんはいつの間にかグッタリとしていらっしゃった。
『裂け谷』の場所はその前に聞いておいたから大丈夫で、どうやら無事に到着も出来たらしくて。
私は後ろの、グッタリとしたあまり箒から落ちそうになったので紐で結び付けておいたアラゴルンさんに呼びかける。
「アラゴルンさん、着いたっぽいですよー」
返答、ナシ。
「お客さん、終点ですよー」
起きる気配、ナシ。
どうするべきなのかなぁ。このまま『裂け谷』に入っていっても大丈夫だろうか。
雪山の前にあった森みたいに弓矢が飛んでくることだけは避けたいし。
やはりここは元気爆発薬とかを飲ませてみるべきか。即効性はバツグンだし、飲んだ後数時間は耳から煙が出続けるけど、それもまたご愛嬌。
いい感じに人体実験が出来るなぁ、なんて考えていたら、後ろで身じろぎする気配がして。
・・・・・・・・・・チッ、起きたか。
「・・・こ、ここは・・・・・・?」
乗り物に酔ったかのような、頼りない声が聞こえてくる。
「道に迷っていなければ『避け谷』です」
周囲に広がる木々はきれいに煌めいていて、落ち着いた感じの森。でもどことなく落ち着きすぎているように感じるのは気のせい?
「あぁ・・・・・・避け谷だ、間違いない」
「そうですか、それは良かった」
「・・・・・・本当に陽が落ちる前に着いたのか・・・・・・」
驚いたようにアラゴルンさんが呟いて。うん、私もちゃんと着いて良かったよ。
もしこれで違う場所になんて到着していたら、私がアラゴルンさんを誘拐したって思われても仕方ないし。
むしろロープで箒に縛り付けたりなんかもしているから、誘拐よりも拉致の方が適当かもしれないけれど。
「、そろそろエルロンド卿の館に着く」
「はい」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
微妙な沈黙が続いて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このロープを、解いてはもらえないだろうか・・・・・・・・・」
ヘタレたアラゴルンさんの声が聞こえた。
まるで神殿のような建物に到着すると、美人ばっかりがウロウロしていた。
いやね、アラゴルンさんも美形は美形なのだけれど、この館にいる人たちは種類が違うと言うか、例えようがないと言うか。
あぁ・・・・・・目の保養になる。うん、すごくいい。美味しいぞ、この館は。
そんなことを考えていたら、美人さんたちの中でもとりわけ美しいお兄さんが私とアラゴルンさんのところまでいらっしゃった。
「お帰りなさい、エステル。そちらの少女が件の?」
「はい。エルロンド卿にお目通り願えればと思いまして」
「分かりました、ついてきて下さい」
美人さんは長い髪を翻して歩き出す。いいねぇ、そんな様子もすごく綺麗。
可愛い系が好みの私としても、ものすごく魅了されてしまうよ。うーん、やっぱり美しさっていうのは罪だな。
「、こちらへ」
数歩先に行っていたアラゴルンさんが振り返る。ひょっとして、さっきのお兄さんの「ついてきて下さい」は私にも向けられていたのだろうか。
とりあえず大人しく進んで、アラゴルンさんの隣に立ってみる。
それにしても、ねぇ・・・・・・。
「アラゴルンさん、アラゴルンさん」
見下ろしてくるアラゴルンさんに、私は言った。
「ハーレムって素晴らしいですね」
一人でいいですから譲ってくれません?
そう強請ったらアラゴルンさんは不思議そうな顔をして、前の綺麗なお兄さんも同じ顔をして振り返るのだった。
2004年6月26日