02:初対面は挨拶が基本です。
とりあえず間違って溶岩に落ちるとどうしようもないので、この亀裂からはさっさと移動することにした。
「アクシオ、箒」
呪文を唱えれば、手の中に箒が現れる。
おぉ、この世界でも魔法は普通に使えるっぽい。あー良かった。魔法が使えない私なんてチョコレートのないバレンタインみたいなものだし。
箒にまたがってさっさと山を後にする。
そうすると、遠くの方にまた変なものが見えた。
赤くて丸い、縦に亀裂の入った物体。
・・・・・・・・・物体?
あぁ、何だかこの世界もホグワーツに負けず劣らず何でもありな気がしてきた。
大きくて丸い目のような物体(おそらく)が、私の方を向いた。
なので手を振っておいた。
とりあえずどっちに行こうかなぁ。向こうに見えるのは鳥にしてはやけに大きな空飛ぶ生き物だし・・・・・・。
近づくと食われそうだから、特に何もなさそうな山に向かって飛ぶか。
そう決めた私は目の横をすり抜けて、山へと向かって箒を飛ばした。
赤い目さん、いつまでもジロジロ見ないで欲しいんだけど。ストーカー被害として出るとこ出てもいいんですか?
箒を飛ばす。時速何キロ出てるんだ、これは。F1レーサーな気分なのは気のせいか?
山を越えてみるとそこは荒野で、果てが見えないので左方向の遠くに見える森を目指して飛び始める。
遮るものがないからスピードが出しやすい。うん、今なら暴走族やスピード違反者の気持ちが分かるかも。
警察にだけは捕まらないように気をつけよう。こんな異世界で犯罪者になっちゃったら、いつホグワーツに戻れるかも分からないし。
つーか本当にどこなんだろうか、ここは・・・・・・。
見えるのは一面の自然。ホグワーツでも日本でもありえないのは確か。
「やっぱり異世界なんだろうなぁ・・・・・・」
呟いた風が高速スピードによって流されていく。
とりあえず言葉を喋る生き物に出会うことが出来たら、この世界の名前と世情を聞かなくては。
時期が来ればちゃんとホグワーツに戻れると思うし、それまではこの世界で暮らさなきゃだし。
そんなことを考えていたら、森の手前横を川が流れていたので、それに沿って飛んでいくことにする。
今度は溶岩じゃない普通の水の川だね。あー良かった。これで水分不足にはならないで済みそうだし。
人間って食べ物がなくても最悪水だけあれば結構生きていけるし。うん、これで一安心。
だけど目の前に見えてきた雪山に安心じゃなかったりするんですけど。
高い山。エベレストと果たしてどっちが高いんだろうか。
でも私は「目の前に山があるから登るのだ」とか言うほどチャレンジャー精神に溢れているわけじゃないし、ましてや寒いのは遠慮したいし。
雪山の手前にある森に下りてみることにしようかな。木の実とか何か食べ物があるかもしれないし。
箒を降下させて森への入り口へと近づいていく。
ヒュンッ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かが森から飛んできたんですけど。
気のせいかと思って進んでみれば、また。
ヒュンッ
今度は見えました。ちゃんと見えましたよ。
森から弓矢が飛んでくるのがね!
しかも私の額を狙ってたし!何だその精密射撃は!ちょっとは標的を違えたりする愛らしさはないのか!?
止まるのもどうかと思ってやっぱり進めば、今度は連続して矢が飛んでくるくる。
「うっわー・・・・・・」
当たるのも痛そうだしもちろん避けた。第二射も避けて、第三射も避けて。
攻撃をしてくるということは、攻撃している生き物がいるわけであって。
弓矢を扱うには二本の手が必要だから、きっと二足歩行か四足歩行の動物がいるとみた。
唐傘お化けとか一反木綿の可能性も捨てがたいけど、今はちょっと置いといて。
私は箒を握り締めて、一気に加速する。
森の始まるところまでハイスピードで突っ込んでいって、そして急ハンドルで直角に上昇。
真っ青な空が視界いっぱいに広がって。
見下ろした森の中に、金色の髪をした人型の生き物がいるのが分かった。
そのうちの一人と目が合う。
だけど車は急に止まれない。箒も急に止まれない。
森に入るのは無理だと判断した私の箒は、そのまままっすぐに雪山の山脈へと突き進んでいくのだった。
寒そうな雪山は、けれど雪が降っているわけではなかったので、ハイスピードで駆け抜ける。
そして雪がなくなって寒くもない山肌まで来ると、いい加減に疲れてきたので地面に降りることにした。
周囲には岩と草原。右よし、左よし、前後オッケー、ハイ着地。
箒を岩に立てかけて、腕を伸ばして屈伸運動をしてみる。
そうしたら腰とか膝とかがバキバキ鳴るしー・・・・・・。
この世界は意外と身体に悪いのか?肩こりや筋肉痛になりそうな予感もするし。
やっぱりブロッケンなんかに絆されるんじゃなかった・・・・・・。
あいつ、元の世界に戻った暁には粉々どころじゃ許せないね。石臼で引きなおして一から鍛えなおしてやる。
光宏からもらってローブのポケットの中に入れておいた百味ビーンズを食べながらそんなことを考える。
あ、これマグロ味だ。うーんまぁ不味くはない、かな。
マグロ味だと思って食べればマグロになるわけだし。
モシャモシャと食べていると、何だか遠くの方から何かが近づいてくる気配がして。
百味ビーンズを閉まって箒を手に立ち上がる。
そうしたらまぁ、近づいてくるものが見えましたよ。
ゾンビだかお化けだか、むしろ妖怪と言った方がいいのかもしれないような、二足歩行の生き物が。
・・・・・・・・・さっき森で目が合った男の人は金髪美人だったのに、何で今度はこんな化け物みたいなのが寄ってくるのかなぁ。
人生楽あれば苦あり?七転び八起き?酸いと甘いで人生よ、みたいな?
でも外見がどうであろうと心はピュアな人たちかもしれないし。
とりあえず、話しかけてみることにしよう。
「あの、すみません」
私と相手の距離は15メートル。それにしても見れば見るほど化け物のようだな。
「私はといいます。少しお尋ねしたいことがあるのですけれど」
この世界のこととか、ちゃんとした人間はいるのか、とか。
話しかけているのに化け物さんたち(仮名)は答えてくれない。ただ、まっすぐに私に向かって近づいてきて。
・・・・・・・・・あぁ、うん、何か展開が分かってきましたよ。
化け物さんたちは3メートルの距離まで来ると、ぐるりと私を囲んでくださった。
ざっと20人くらいかな。か弱い・・・いやいや乙女・・・でもないし、少女一人に大の生物が20人がかりだなんて、騎士道精神はどこへ行ったのさ。
まぁいいけどね、所詮他人である限り相手の考えていることなんて分からないわけだし。
持っていた箒を消して、代わりにローブの中から杖を取り出した。
それをキッカケにしてか、化け物さんたちも剣やら斧やらいろいろと武器を手になさって。
ビュー・・・・・・っと一陣の風が吹きぬける。
私は杖を強く握った。
―――――――――いざ、勝負。
「インセンディオ――――――」
ドゴォッ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燃えよ、とか言って化け物さんたちを生焼けにして差し上げようと思ったのに。
それより先に化け物さんたちの数人が一刀両断にされてしまったよ・・・・・・。うわ、肩とか腰とか致命傷ザックリ。
たぶん血かと思われる黒い液体が流れ出して、岩や草を汚していく。
私がそうやってボケーッとしている間にも、化け物さんたちはだんだんと地に臥していかれて。
減っていく人影の中に、化け物さんではない人間らしい人がいるのが見えた。
背の高い、彫の深い、精悍な男の人。
その人が剣を振るって化け物さんたちをなぎ倒していく。
私の手の中には出番を失って寂しがっている杖があって。
「・・・・・・・・・喧嘩っていうのは介入するタイミングが命だからねぇ・・・」
ストレス発散の場をなくしてしまったよ。ごめんね、杖さん。
時間にして3分ちょっと位だったのかな。
最後の化け物さんも切り捨てて、男の人は動作を止めた。
黒い血がべったりとついている剣を持ったまま、私の方を振り返る。
背が高いな。そして渋い。外見年齢はスネイプ先生と同じかそれより上。あーでもスネイプ先生も年齢よりは上に見られるタイプでいらっしゃるし。
そんな御方は、私を見て口を開いた。
「君は何者だ。ここで何をしている」
・・・・・・・・・皆様聞きました?少なくとも私には聞こえたけど理解は出来ませんでした。
けれど男の人はまだまだ話しかけてきて下さいます。
「こんな村のない場所で・・・・・・親はどこにいる。供の者は?」
「あー・・・・・・・・・」
アメリカ大陸のインディアンに出会ったコロンブスってこういう気持ちだったのかな。言葉が通じないってことはエイリアンと同じだよ。
こういうときにはチャッチャラッチャッチャー♪
効果音を勝手につけて杖を持ち直す。
そうすると目の前の男の人は渋い顔をさらに渋くさせて、その眉間に皺を刻んで。
「ご心配なく。あなたに魔法をかけるわけじゃありませんから」
私が喋ったら男の人も言葉が通じないことが分かったのか、驚いたように目を丸くして。
その隙に杖を振ると、綺麗な光が現れて私を包み込んだ。
ますます驚いているらしい男の人にニッコリ笑って、そして杖を構える。
――――――ごめんなさい。
「ステューピファイ、麻痺せよ!」
呪文を唱えた瞬間、杖先から赤い炎のような光が出た。まっすぐに、目の前にいる男の人に向かって。
そして――――――。
ドサッ・・・・・・
音がして、男の人がハッと振り返る。
そこには私の魔法の直撃を食らって失神した化け物さんが一人。
男の人から受けた傷が致命傷じゃなかったみたいで、武器を片手に立ち上がろうとしていたから気を失ってもらったんだけど。
まぁいいや、では改めまして。
「助けて下さってありがとうございました」
実は自分で倒したかったりもしたんだけどさ。
そう思いながらニッコリと営業スマイルを浮かべて笑う。
「私の名前は。おそらくこことは違う世界から来ました魔女見習いです。どうぞよろしくお願いいたします」
男の人は何に驚いているのか、まだ目を丸くしていて。
とりあえず、この世界に人間がいると分かっただけでもよしとするかね。
2004年5月27日