01:ゴールからスタート
そのとき、私は勉強をしていた。
いや、やっぱり試験を控えた学生としては勉学に勤しむのが一般的だと思うわけで。
私が一般か一般じゃないかというと、それは結構怪しいところがあったりするんだけどとりあえず。
「、魔法薬学教えてー」
「世の中はgive and takeだよ、光宏」
おぉ、我ながらナチュラルな英語発音! やっぱり去年一年間ホグワーツ本校に留学しただけあるね!
自画自賛、自意識過剰、唯我独尊。
最後のは何か違う気がするけどまぁいいや。私が少なからず俺様ってことは否定できないし。
光宏は何だかんだ言いながらもポケットから百味ビーンズを取り出して、私にプレゼントしてくれた。
「52ページの回復薬なんだけどさ、これって何でウワバミを入れるんだっけ?」
「あーそれは効果の即効性を上げるため。ミドリゴマを入れてもいいんだけど、それじゃ色が素敵ピンクになっちゃうんだよね」
それはそれでとても楽しいんだけど、ショッキングピンクの液体薬を飲みたいと思う人は少ないだろうし。
ショッキングピンクっていい名前だよねぇ。だってショックを受けるピンクだよ。名は体を現すの見本みたい。
光宏に説明しながらそんなことを考えていたら、翼さんが談話室の扉を開けて入ってきた。
相変わらず可愛らしいなぁ。羨ましい。
「・・・・・・・・・、おまえ俺のこと見るたびに何か失礼なこと考えてるだろ」
「そんなことありませんよ、滅相もない」
ただ翼さんの容姿を可愛いと褒めているだけだし。
私の心の声をテレパシーで読み取ったのか、翼さんは大きな溜息をついてくださった。
「・・・・・・ハッフルパフの藤代や桜庭が探してたよ。魔法薬学を教えて欲しいってさ」
「ハッフルパフには渋沢さんがいらっしゃるのにですか?」
「渋沢に教えを請うくらいなら赤点取った方が精神的にはマシかもね」
うわぁ。相変わらず素晴らしい評価を下されてるよ、渋沢さん。
たしかに渋沢さんに限らず、翼さん・須釜さん・ノリックさんの寮長Sを相手するのは精神的に疲れるしね。
ましてや下手に勉強なんて習ったら低い点数なんて取れないし。
それで他寮が加点されないように仕組んでもいいんだけど、それも何だかだしなぁ・・・・・・。
レイブンクローの面々は普通に勉強すれば結構な点が取れるだろうから、少しは他に塩を送っても大丈夫かも。
「じゃあちょっと行ってきますね」
「教えるなら100点中70点レベルまでにしときなよ」
「オッケーです」
さすが翼さん、同じことを考えていらっしゃったようで。
光宏や柾輝、多紀たちに見送られながらレイブンクローの談話室を出た。
もちろん光宏にもらった百味ビーンズはローブのポケットにつっこんでね。
ホグワーツ日本校は本校ほど生徒数が多くないくせに広い。
なので私のいるレイブンクローからハッフルパフまでは結構距離がある。
遠い。遠い。箒に乗ってひとっとびしたいけど、廊下は魔法が禁止だし。
なので近道をしてみることにした。
いつもは動かない絵画にちょっとした呪文を言うと、ブロックが輝く細い道が現れて。
今までの経験からいくと、金色のブロックをつつくとホグワーツ創設者の時代へゴー。
紫をつつくとヘタレなホストキングがいる西洋城へ、赤をつつくと錬金術師が活躍するどこかの国へ。
他にもいろいろと光っているブロックが近道にはひしめいている。
そんな異世界への扉を学校の中に作るなよなー・・・・・・。まぁ使ってる私が言うのも何だけどさ。
いつもならどこかの異世界へ行こうかとも思うけど、今は一応テストを控えた学生ですから。
並みいる敵・・・・・・じゃなくてブロックを無視して進もうとした、のに。
何だか自己主張にも程があるくらいに眩しく黒く輝いているブロックが一つあるんですけど。
「オイ、俺を押せよネーチャン。悪いようにはしねぇからよ」
そんな風にチンピラっているブロックの声が聞こえてきそうだ・・・・・・。柄が悪いな、オイ。
無礼な子にはお仕置きダゾ☆ ・・・・・・というわけで無視して歩き出した。
あまりにも望まれているのを見ると、その逆の行動を取りたくなるのが人間というものさ、ハハン。
っていうか私は人間じゃなくて魔女見習い中の学生だけどね。
放ってさっさと歩き出した、のに。
また目の前にさっきと同じブロックが登場したんですけど。
振り返ってみれば、さっきまで例のブロックがあった場所には何もなくなっている。
つーことは何か、例のブロックが移動してきたということか。
うっわーさすがホグワーツ。何でもありの世界だね。ブロックにも個人意思というものが存在するということなのか。
まぁ組み分け帽子にも喋ったり歌ったり人を判断したりする能力があるくらいだしね。本来動かないブロックが動いたとしても不思議ではないだろう。
ただ、とても怪しいけどね。ものすごく非常に怪しかったりするけどね。
とにかく、またしても私は無視して歩き出した。
一歩、二歩、三歩。
そしてまた現れるブロック。
一歩、二歩、三歩。今度は後ろを向いて逆方向に歩いてみた。
やはりまた現れるブロック。
・・・・・・・・・しつこいねぇ。何だ君は、スッポンか? それとも恋に執着する愚かで愛しい人間か?
生憎と恋愛にたいして意識の薄い私も、生物以外と恋愛するつもりはないのだよ。ブロック相手じゃ何にも出来やしないし。
精神的な愛を抱けるほど老成しているわけでもないしねぇ・・・・・・。
今度はブロックを見つめたまま後ろに下がってみることにした。
一歩、二歩、三歩。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なるほど、スーッと動いてついてくるわけじゃなく、一瞬でパッと移動してくるのか。
スライドじゃなくてテレポーテーション。最近のブロックは性能がいいねぇ。
「よし、ブロッケン。君の機能の高さに免じてお招きされてあげよう」
ブロックンじゃ簡単すぎるのでブロッケンという名前をつけてみた。
確認すればローブのポケットにはちゃんと杖が入ってる。
ノートを一枚破いて置手紙を書いて、近くのブロックにちゃんと貼り付けて、と。
テストまでには絶対に帰ってくるつもりだし。さすがに受けれなくて留年とかにはなりたくないしね。
今後の予定を確認しつつも、黒く輝き続けるブロックを見下ろして。
「・・・・・・っていうか黒という選択はどうかと思うよ、ブロッケン」
もっと派手な色にすればいいのに。黒じゃ夜には判らなくなっちゃうよ。
そんなことを考えながら、私は足元のブロックに向かって足を振り上げた。
「楽しい世界につれてって、ね!」
踵落としで異世界へ突入!
ブロックと同じ真っ黒な光が私を包み込んで、次に目を開けたらやっぱりホグワーツの裏道とは違う場所にいた。
薄暗くて、瞼の裏からも判る赤がどこかにあって、地響きのような音が聞こえてくる。
むせ返るような熱さを感じて、でも今更どうしようもないから目を開けたら。
「・・・・・・・・・・これのどこが『楽しい世界』だ?」
引きつる口元も押さえられないね! だって、何だこの場所は!!
目の前に広がる削られた崖。
下を見れば川のように流れている溶岩。
落ちれば確実に死ねそうな自殺の名所候補。
まるで橋のようにせり出している地面の隅っこに、私は今立っていた。
カラン、と崩れた小さな石が下の溶岩へと吸い込まれていって。
熱い、何だこりゃ、つーかどこココ。
判っていることはたった一つ。
「・・・・・・ブロッケン・・・てめぇ戻りしだい粉々に砕いてやるから覚悟しとけ」
一歩間違えば溶岩の川に落ちる場所で、私の旅は始まったのだった。
2004年3月9日