14:1ラウンドKO





一日目二日目といい日が続いたものだから『幸せかも』とか思ってたんだけど、やっぱりそうもいかないみたい。
机一つ挟んだ向こうから憎らしげにこちらを睨んでくる男の子。
あーあ。大人しく静かな学校生活を送りたかったんだけどなぁ。どうやらそれは無理っぽい。
減点されない程度、退学にならない程度にやらせてもらいますか。
売った喧嘩は高値で買い取り、しかも返品不可がモットーだから。精々楽しませてほしいなぁ。
ねぇ、郭英士君?



発端は五時間目、魔法薬学の授業のときにそれは起こった。
いや別にそんな大したことじゃないんだけど、彼にとってはどうもそうじゃなかったみたいで。
ただ、桐原先生に当てられた問題を郭君が答えられなくて、次に指名された私が答えただけのこと。
別に普通のことじゃんねぇ? 私は魔法薬学に興味があったからその質問の答えを覚えていて、答えられただけのことなんですけど。
それだけのことで標的にされてもねー。
心狭いなぁ。いったい私に何をさせたいのさ。
「たかがマグルの分際でよく質問に答えられたものだね?」
静かな声が授業の終わった教室に響く。
うわー始まったよ。ねぇちょっと、君の両隣にいる結人と真田君が固まったよ。
レイブンクロー生では六助と仁吉と健太郎が微妙に引きつった顔になってるし。
面倒くさいなー、無視しちゃだめ? ・・・でもこの手のタイプは無視すると調子に乗りそうだし。
――――――――――敵と判断。
完膚なきまでに叩きのめしてあげようじゃないの。
「魔法薬学には興味があって、教科書を読んでいたから答えられただけだよ」
訳:教科書読んで覚えてれば誰だって答えられるんだよ、バーカ。
どうやら真意はちゃんと伝わったみたいで、郭君は綺麗な眉を吊り上げてさらに不機嫌な顔になった。
うーん・・・確かに顔は綺麗だけどさ、私の好みじゃないんだよねぇ。
どちらかって言うと翼さんとかグリフィンドールの風祭君とか可愛い系が好きなんだけど。
「・・・あんまり調子に乗らないほうがいいよ。この後出来ないことがあったら恥だしね」
「ええ本当。私マグル出身だから知らないことが多すぎるし。どれもこれも初めてのことばかりだから、これから頑張らなくっちゃ」
無邪気に笑ってみせましたよ。
あははー郭君ってば綺麗な顔が台無しだって。もったいないなぁ、基はいいのに。
それにしても傍観してる柾輝と光宏は楽しそうねぇ。
多紀はいつもとは微妙に違った笑顔で笑ってるし。過去に郭君と何かあったのかしら。
まぁ時間はたっぷりあるからいいか。先生も授業が終わって教室から出ていっちゃったしね。
刺激のない生活を望んでいたけどどうやら得られないみたいだし?
さっさと諦めて派手な人生を送るとするかな。
・・・・・・・・さっきから郭君はだんまり。沈黙を守ってる。
このまま逃げられるのはつまらないし、ちょっと火に油を注いでみますか。
「郭英士君よね? 私はレイブンクローの。どうぞよろしく」
にこやかに笑って自己紹介。敵に名前を教えるなんて自意識過剰か暇人以外の何者でもないわね。
「ひょっとして郭君は魔法薬学が苦手だったの?」
にっこり笑ってアンサープリーズ?
YES:この手の人はプライドが高いから、そう易々自分のウィークポイントを認めないでしょ。
NO:得意ならどうしてさっきの質問に答えられなかったのさ、とうい話になってくる。
どっちを選んでもツッコミどころ満載。あぁ楽しい。
「そうだったら仕方ないよね。誰にも出来不出来っていうものはあるし。気にしなくていいよ?」
優しく笑ってみれば、少し離れたところの柾輝や光宏、多紀が小さく笑ってるし。あ、郭君が睨んでるよ。
あはははははー。ごめんねぇ富士山(エベレストではない)並みに高そうなプライド傷つけちゃって。
でも郭君が悪いんだよ?私にケンカを売ってくるんだから。
敵と判断したからには容赦ナシ。恨むんなら自分を恨むことだね。
「たかが一問質問に答えられただけで、ずいぶんと偉そうだね?」
ゆっくりとこちらに歩いてきた郭君が私の目の前に立った。怒った顔は近くで見ても綺麗だねー。
10pくらいの身長差か。天城君や渋沢さんほどには首も疲れないね。サロンパスもいらないや。
「ええ、とても嬉しいわ。自分の寮に貢献できたんですもの」
そう、私はさっきの質問に答えたことで桐原先生から三点得たのだ。
あーよかった。これで翼さんに顔向けが出来るよ。あとは落とさなければいいだけの話だし。
それにしてもちょっと飽きてきた。早く寮に帰って木田さんの入れてくれるコーヒーが飲みたいなぁ。
「・・・郭君はずいぶんとさっきのことに拘るのね」
見上げてニッコリと笑って見せた。昨日、渋沢さんと三上さんに見せたのと同じ種類の笑み。
「『たかが一問』なんでしょう?」
・・・・・・やばい、かなり好戦的になってきてる。
ごめんねー郭君。昨日の渋沢さんとのやりとりを思い出したから余計に戦闘モードに入っちゃったみたいだ。
「自分の答えられなかった質問を『たかがマグルの分際』に答えられたのが、そんなに悔しかったのかしら? ―――ねぇ、『郭』君?」
苗字を強調して呼んで見せた。彼のプライドの象徴である苗字を。
思わず挑戦的に笑ったら、郭君がいっそう顔を歪めて、そして―――・・・・・・。



―――――――――――パンッ―――――――――――――



それまで固まっていた結人と真田君が息を呑んだ。六助たちも同じみたい。
叩かれた頬が、熱い。
だけど私にとっては好都合。狙っていた通りだったから。
頬にかかった髪を払いながら顔を上げると、戸惑ったような顔をした郭君がいて。
・・・・・・そんな顔をするなら、初めから私にケンカなんか売らないことね?
私は思い切り手を振り上げた。



勢いよく振り下ろされた手は、頬に当たる直前でピタッと止めた。
反射的に目を閉じていた郭君は予想した衝撃が来ないのに気づいて少しだけ目を開ける。
叩くと思ったの? この私が?
こんなおいしい状況を平手一つでふいになんてしないわよ。
頬が熱を持ってるのが判る。だけど目の前の彼と目を合わせて最上級に笑ってみせた。
「先生がいなくて良かったね? 答えられないだけじゃなく、減点までされるところだったもの」
先手必勝なんていうのは殴り合いのときだけにしとくんだね。
口喧嘩で最初に手を出したらそれはもう不都合なことばかりでしょう。
郭君は息を呑んで細い目を見開いた。なーんだ、その目もっと開くんじゃない。
そう言えば多紀も目が細いけど、あれもちゃんと大きく開くし。開くと雰囲気が変わったりもするけどねー。
もういいや、飽きたし。さっさと帰ろう。
「それじゃ、また明日ね。郭君」
笑顔と手の平を振りまいて、私は彼に背を向けた。
入り口近くでは柾輝が教科書その他を手渡してくれるし、多紀が濡らしたハンカチを頬に当ててくれた。
あーもう優しい人ばっかり。嬉しいなぁ。



「あーあ、ついにやっちゃったなー」
「だって敵だと判断しちゃったから。言われっぱなしっていうのは気分悪いし」
それにしても光宏本当に楽しそうね。仁吉や健太郎みたいに心配そうな顔は出来ないの?
「それよりちゃん、大丈夫?」
多紀が自分の頬を指差して聞いてくる。
「全然オッケー。平手打ちくらいで駄目になるほどヤワな作りはしてないから」
「郭もな、に喧嘩売るっていうこと自体が間違ってんだよな」
柾輝も楽しそうに笑わないの。
「言っておくけど、私だって普通の人相手にケンカしたりしないよ。あれは敵だと判断したから相手したんだからね?」
分かってる? と聞けば笑いながら頷かれたし。説得力ないっての。
まぁでもとりあえずはスリザリンの郭君相手に一勝って感じ?
連勝記録はいつまで続くかねー。そんなに敵は作らないつもりだけど。
派手にいくと決めたからにはとことん派手にいかせてもらうよ?
減点・退学はされない程度にね!





2002年8月3日