08:The early bird gets the worm.





夢を、見た。



大きな鏡の前で私が座っている。
鏡に映るはずの私の姿は真っ暗な闇に遮られて見えない。
深い、闇。けれどどこか温かくて気持ちが緩む。
私じゃない誰かが鏡の中でニッコリと笑うのが見えた。



―――――目が覚めてすぐ、左手の指輪の有無を確認してしまった。





ベッドサイドの目覚まし時計のアラームを消す。
時刻は六時二分前。孤児院にいる時からの習慣でこんなに早く起きちゃったわ。
昨日は教科書を読みまくってて寝たのは二時近くだったのに、習慣って恐ろしいものだなぁ。
まぁ体内時計があるってことは非常に便利だし、遅刻しないで済むから別に構わないんだけどね。
それにしてもどうしよっかなー。二度寝するって気分でもないし・・・起きるか。
顔洗って、制服に着替えて、昨日支給された青と金色のネクタイを締めて。
はーいレイブンクロー生の出来上がり!
教科書はー・・・今日は何の授業があるんだっけ?
えーっと今日は月曜日だから・・・魔法史、薬草学、変身術、呪文学。
授業が四時間連続で五時間目は空き時間なんだー。なんか日本の中学校に比べてずいぶん楽な時間割の組み方じゃない?
だから授業料が安いのか? そうなの? そうなんですか? 経理の人教えてください。
で、教科書はー・・・『魔法史』、『薬草ときのこ1000種』、『変身術入門』、・・・・・・『魔法論』の教科書はいるのかなー。
ま、とりあえず持ってけばいっか。ノートと筆記用具も鞄に詰めてっと。
あーサイドバッグ持ってきてよかった。こんなん全部手に持って歩きたくないっての。
後は・・・杖? この棒のことですか?
触った途端に尋常じゃないオーラを醸し出すこの棒のことですか?
えーやだー考えてたのと全然違ーう。
やっぱり杖って言ったらピンクのステッキで先にはキラキラのお星様がついてて呪文を言ったらその星がクルクル回って光を放つものでしょう。
それなのにコレ? ・・・・・・乙女の夢を壊さないで下さい。
魔女っ子には程遠いわー・・・。ちぇっ。
とりあえず荷物は揃えたし。談話室にでも行って誰かが起きてくるの待ってようかな。
んじゃまぁ出発。



あーこのソファー座り心地よすぎ。なにこの弾力感。スプリングに何使ってんの?
・・・・・・・・・教科書でも読んでようかな、暇だし。
深山木さんがいればお相手してもらおうかと思ってたんだけど、どうやら寝てるみたいだし。
絵画の中のベッドが膨らんでいて、セピア色の髪の毛が枕に散ってる。
起こすのは忍びないし、一人で読書でもしてましょー。
それにしてもこの教科書は面白い。はっきり言って私の常識外、子供がごっこ遊びで作る魔法の薬みたいな製法が真面目な顔して書いてある。
蛇の牙はいいですよ、山嵐の針もオッケーです。でもペガサスの毛とかドラゴンの血とかそんなもの本当にあるんですか?
あるんだろうなーそんな感じの世界だもんなー。
変身術も呪文学も教科書はどれもまんべんなく面白いけど、個人的には魔法薬学が一番興味ある。
不思議な薬とか作るのメチャクチャ楽しそう。不老不死の薬はないってのが定説だけど、本当に作れないものなのかな?
この手の授業で例の考察少年とペアとか組んでみたい。二人して論争繰り広げるのも楽しいかも。
――――――――って。
「おはようございます」
ガチャリと扉が開くと同時に現れた姿に挨拶をしてみた。やっぱ挨拶は人間関係の基本だからね。
現れたのは寮長様。すでに制服に着替えて教科書も手に持っていらっしゃる。
「・・・オハヨ。何、ずいぶん早いじゃん。時計でも見間違えたの?」
可愛い振りしてあのっ子はいっちょやるもんだねっと〜♪
・・・・・・ってな感じのCMが今頭の中に流れましたよ。ひょっとして寮長様は某車会社の回し者ですか?
確かに総務課よりは営業課のほうが向いていらっしゃるような性格をしているようにお見受けしますけど。
「いえ、つい今までの習慣で目が覚めてしまったんで。お休みのところ邪魔をしてしまいましたか?」
「別に」
そっかよかった。寮長様に何かしたら取り返しのつかないことになるような気がするし。
触らぬ神に崇りなしってね。
寮長様は私の右斜め前の一人がけ用のソファーに腰を下ろした。テーブルの角を挟んで横顔が見える。
あ、その位置はあれだ。正面に座ったときの会話量を1とすると、3になる席だ。つまりは自然に会話がたくさん出来るって位置。
ちなみに私が寮長様の左にいるってことは、私の声は寮長様の左耳から入って右脳に到着するというわけで。
右脳は感情を司る脳。つまりは口説くのに最適な位置。
・・・・・・・・・ここはやはり口説くべきなんでしょうか。この類まれなる弁舌をお持ちになる権力者様を。
「・・・あんた、だっけ?」
うわ、寮長様が話しかけてきましたよ。A・質問に答える。B・無視をする。さぁ選択をしてください。
「おまえ一度うちの学校の入学を蹴ったんだって?」
答えはC・選ぶ前に話を先に進められる。
「・・・・・・どなたにお聞きになられたんですか?」
情報の出所はきっちり押さえとかないと。後々そこから余計なことを洩らされないとも限らない。
「玲に聞いた。12歳の子供にしては馬鹿丁寧な手紙が送られて来たって。実物を読ませてもらったわけじゃないけど、丁寧な割に入学しないってことだけはハッキリ書いてあったって玲が笑ってたよ」
玲・・・学生要覧に載っていた名前から推測するに西園寺先生のことなんだろうか。
寮長様が西園寺先生をファーストネームで呼び捨てにする理由は分からないけど、きっと血縁か恋人かのどっちかなんだろう。
「私は魔法界の存在さえ知りませんでしたから、当然の判断だったと思いますが」
「まぁね、普通のマグルならそうかもしれないけど。・・・で? 何でそんな一度断った怪しい学校に来る気になったわけ?」
授業料が安かったからです。
・・・これが第一の理由なんだけど、言ったら大笑いされた挙句に馬鹿にされそうな気がするのは気のせいですか?
じゃあ第二の理由で、魔法を学んで手に職をつけてよりよい会社に就職する為。
・・・ってこれは既に佐藤さんに大爆笑されてるし。
―――――――――結論。
「興味があったものですから」
ニッッッッッコリ笑って言ってやった。ここは正統派な答えが一番でしょう。
しかも120%嘘だってことを笑顔で示唆して、だけど理由を尋ねさせないほどの有無を言わさない完璧な微笑を浮かべる。
あはは、自分でやってて面白ーい。
寮長様は長いまつげをパシパシと揺らして、ニヤリとお笑いになられました。
「なるほどね。佐藤や秋が気に入ったって言うだけのことはあるみたいじゃん?」
語尾を上げて尋ねられましても。
っつーか佐藤さんそんなこと言ってたんですか。ブックマークに登録なんてしてくださらなくて結構なんですけど。
「これからって呼ぶから、おまえも翼って呼べよ」
「いえ、寮長様を名前で呼び捨てにするなどと恐れ多いことは私には出来ません」
しかも先輩なんだし。年上は敬わなくちゃ。年功序列を唱える気はないけどね。
「何、その寮長様って」
「貴方様のことです。それとも監督生と呼べばよいのでしょうか」
「翼」
「それは致しかねます、寮長殿」
あははははー。楽しい楽しい面白い。いいなぁこういう会話。レイブンクローに入って大成功!
ってそんな不機嫌ですーってな顔しないで下さいよ、寮長様。
そんな顔しても可愛いだけですって。狙ってやってるんですか?
「・・・・・・『翼さん』ってことで、妥協して頂けないでしょうかねぇ」
不服そうな寮長様はそれでも頷いてくださった。敬語もいらないって仰られても、やっぱり寮長様は私の上司に当たる人ですし。
「これからよろしくお願いしますね、翼さん」
意外と自然に笑うことが出来たかもしれない。
男子寮の扉が開いて多紀や光宏が出てきたし、お腹も空いたからそろそろ大広間に行きましょうか。
ホグワーツでの二日目が只今より始まります。





2002年7月29日