目の前から消え去った藍染と市丸。
見据えていた視線を緩め、卯ノ花は悲しげに目を伏せた。
己の氷に倒れ伏している日番谷に近づき、膝をつく。
首筋に指先を触れさせれば、今にも止まりそうだが、それでも鼓動を感じられる。
斬魄刀を抜こうとしたとき、卯ノ花の副官補佐―――勇音が叫んだ。
「卯ノ花隊長・・・・・・っ! あ、あれ・・・・・・!」
震える彼女が指差した先。
そこには紅の床に伏した、雛森がいた。
勝手にWJ(BLACH171話)
日番谷を勇音に任せ、卯ノ花は清浄塔居林の中で倒れている雛森に駆け寄る。
血の海の中で倒れている彼女は、胸元を一突きで貫かれていた。
藍染か市丸か。どちらにせよ殺そうと思って殺したことは明白。
雛森の表情から見て、信じられない状況で刺されたのだろう。
おそらく死んだとされていた藍染と再会し、喜びのうちにやられたのか。
その心臓に掌を当てるが、鼓動は感じられない。
けれど諦めることなどせず斬魄刀を解放する。
「卯ノ花隊長・・・私の力では無理です! 重傷すぎます・・・・・・っ」
日番谷の治療に当たっている勇音の涙声が聞こえる。
雛森と共に日番谷を己の斬魄刀である【みなづき】に取り込むこともできるが、そうするとその分だけ治療のスピードが遅くなる。
加えて卯ノ花自身も先ほどの更木との戦いで傷を負い、万全ではない。
【みなづき】が現れたのを確認し、卯ノ花は顎を引く。
死なせたくない。死なせてはいけない。
本当は、迷惑をかけたくなかったのだけれど。
「―――分かりました」
息を吐き出すように頷く。
「彼を呼びましょう」
青い空を見上げる。凍った柱が目に入る。
日番谷の鼓動が弱まり、消えていく。
とくん
・・・とくん
・・・・・・とくん
命の火が、消える。
「・・・・・・助け下さい―――」
―――思えば。
死神統学院の、初めての鬼道の授業のとき。
彼は卯ノ花を救ってくれた。彼自身にその意図はなくとも、伸ばされた手を卯ノ花は見た。
卒業を控え、護廷四番隊への入隊を決めるとき。
彼は自分についてきてくれると言ってくれた。もう一人の彼女ではなく、自分の背についてくれた。
席官を得ようと隊を駆け上ったときも。
隊首試験を受けようと心決めたときも。
手にした力に、自分が恐ろしくなったときも。
どんなときも常に、が傍にいてくれた。
触れはせず、甘い言葉もなく、ただ存在を感じていた。
それにどんなに救われたことか。
影が空を過ぎり、目の前に着地する。
ふわりと揺れた黒髪。皮肉気に歪められた唇。
向けられる視線や、周囲を惑わせる魅力と、ずっと共にいた。
共に互いの道を歩んできた。
「呼んだか、烈」
名を呼ばれて、卯ノ花は嘆息した。
泣きそうに歪む。
自分はいつも、助けられてばかり。
「副隊長・・・っ!」
勇音の声にが振り返り、氷上に伏している日番谷を見て眉を顰め見た。
再度自分を見る彼に卯ノ花も頷く。
「・・・・・・彼を、お願いします」
「分かった。死後何秒だ?」
「30秒経っていません」
「ならイケる。勇音、こいつ持ってろ」
そう言っては腕に抱えていた存在を軽く放る。
慌てて受け止めた勇音は、その人物の顔を見て息を呑んだ。
「そ、砕蜂二番隊長!?」
から預けられたのは二番隊と隠密機動をまとめている高名な死神で、けれどその細い身体は多くの傷を負っていた。
ほとんどは治されているが、それでもこれだけの傷を彼女が負ったというのが信じられない。
先の極刑に割り込んできた旅禍といい、謀反人と化した藍染たちといい、本当にもうどうなっているのか。
ごちゃごちゃになって頭が働かない。勇音の目に涙が浮かぶ。
「私たちは邪魔になります。下がりますよ」
「・・・はい・・・っ」
卯ノ花に言われ、砕蜂を抱いたまま二人は離れた。
氷の場の中にだけが残る。
まるで人形のように事切れた肉体。
生きていた頃の力強い眼差しも今は濁り、すべてが色褪せているかのよう。
「女も知らねぇうちに死んでんじゃねぇよ、餓鬼が」
笑い、は腰に挿していた刀を抜いた。
鋼色の剣身が、氷に反射して輝く。
「―――息吹け、命憐」
鋼が白銀に変わり、光を放ち始める。
まるで恋人を見つめるかのように甘く微笑し、は斬魄刀を迷いなく日番谷に突き立てた。
勇音が声にならない悲鳴を上げる。
うつ伏せた日番谷の背から血が溢れ、けれどそれらは広がることなく斬魄刀―――命憐【めいりん】に吸い込まれていく。
白銀の刀が紅に染まる。
凍り付いていた日番谷の頬に、息吹く【いぶく】ように色が戻る。
神聖ささえ感じさせる光景に、卯ノ花はただ見入った。
あと何度、自分は彼を頼るのだろう。
あと何度、彼は助けに来てくれるだろう。
あと何度、あと何度。
あと何度、この幸せを受けれるだろう。
勇音の腕に抱かれている砕蜂を見やり、卯ノ花は眉を下げた。
自分たちはと出会えて本当に幸福だ。
2005年3月22日