「何故私を・・・連れて行って下さらなかったのですか・・・!」
護廷十三隊二番隊隊長、隠密機動総司令官。
二つの肩書きをすべて解き、幼い少女のような表情で砕蜂は涙する。
どうしても届かない、目の前の存在に向かって。
憧れの存在に向かって、懇願するように。



「夜一様・・・・・・っ」



崩れ落ちる砕蜂を、夜一は息を切らせて見下ろした。
それは、二人の決着がついた瞬間だった。





勝手にWJ(BLEACH159話)





戦いの後の空は、いつだって虚しい。
鮮やかな青と白い雲の下、夜一はふらつく足で砕蜂に一歩近づく。
かつての側近。こうして拳を交えても尚、可愛いと思っている己の部下に。
「砕蜂・・・・・・」
手を伸ばそうとしたとき。



「―――それ以上、蜂に近づくな」



風のような気配。
一瞬で目の前に現れた男に、夜一は息を呑み、その場から飛び下がった。
背の高い体躯。少し長めの黒髪が死覇装の襟元で遊んでいる。
皮肉気な微笑の似合いそうな男は、夜一を一瞥した後で砕蜂へ視線を移すと、その枕元に膝をつく。
全身を検分するように翳された掌と、腕に付けられている花を模った副官章に、夜一は男が四番隊の副隊長だと気づいた。
「・・・・・・打ち身、擦過傷。致命傷はないな。手を抜いたのか?」
「・・・・・・そんなことをしている余裕があれば、『雀蜂』を避けたわ」
「そりゃそうだ。ってことは蜂が打たれ強くなったってことだな」
そう評価して、男は砕蜂の細い体を抱き上げる。
明るい言葉とは裏腹に、その顔は苦しそうに眉根を寄せていた。
腕の中の砕蜂を見つめ、剥き出しになっている肩を温めるように優しく撫でる。
「・・・・・・ご苦労さん」
優しい声に夜一は覚えがあった。
かつてもこのような光景を見たようなデジャヴに襲われる。
あれは確か、まだ夜一が尸魂界にいた頃。



高い欄干から見下ろしていた庭。
友好的とは言い難い空気で、けれど自然に場を同じくしていた死神二人。
そのうちの片方、自分が可愛がっている部下が踵を返し離れていく。
残された死神は、乱雑な仕草で髪をかき上げ、そして。



「『退屈そうなお姫様。俺が攫ってあげようか』」



過去に現在の声が重なり、夜一を思い出から引き上げる。
かち合った視線の先、男がゆるく唇を吊り上げて笑っていた。
その微笑にも見覚えがある。
「おぬし・・・・・・」
夜一の問いかけに、男は楽しげに応えた。
「久しぶりだな、四楓院家のお姫様」
懐かしい記憶が呼び覚まされる。



かつての尸魂界で、夜一は四大貴族の一つである四楓院家の第二十二代目当主の座に就いていた。
隠密機動総司令も務めていた彼女は、身分と地位が相まって親しく会話を交わせる者はそう多くなかった。
親友である浦原喜助が護廷隊に入ってからはそれも度を増し、周囲にいるのは皆自分に平伏す輩ばかり。
夜一はそれが不満だった。
年齢的にはそう大差ない砕蜂にさえ、言葉を砕いても「夜一様」と呼ばれてしまう。
上等な着物も、媚び諂う部下も、夜一にとっては退屈でしかなかった。
彼女はもっと奔放に、自由に生きることを望んでいたのだから。

そんなときに現れたのが、という男だった。

一瞬で欄干まで上がってきた男に、本当ならば声を上げるなり攻撃するなりすべきだったのかもしれない。
だが、夜一はそうはしなかった。もし男が何かしても迎撃できる自信があったし、それに。
「あんた、蜂の上司だろ? 四楓院家のお姫様」
笑う男は、どこか気安げな雰囲気を持っていた。
明るく、けれど艶めいた色を持つ男は、夜一が今までに出会ったことのない種類の相手で。
興味を持ったのかもしれない。部下である砕蜂の知り合いだということも含めて。
「おぬし、名は?」
「四番隊所属、。席はまだ無し、入って一年の平隊員」
「砕蜂とはどういった関係なのじゃ?」
「死神統学院の同期。卯ノ花烈・砕蜂・つったら卒業前から護廷入隊を決めた有名な新人だぜ?」
「生憎と情報には疎くてな」
「こんなとこに閉じ込められてちゃ、そうもなっても仕方ねぇか」
さらりと言って、手を差し出す。
その意味が分からなくて目を瞬いた夜一を、彼は笑いながら抱き上げて。

「攫ってやるよ、お姫様」

短い遊覧だったけれども、それは望んでいた自由を夜一に与えた。



あの時自分が抱かれていた腕の中に、今は傷ついた砕蜂がいる。
それが当然だと夜一は思う。は元々砕蜂絡みで知り合ったのだ。だから、この状況は当然。
そうとは分かっていても痛む胸に、夜一は小さく笑った。
「・・・・・・久しぶりじゃな、
「おまえが浦原さんと共に姿を消して以来か。見違えたぜ。いい女になったな」
「言うてくれるわ。儂は昔からいい女だったであろう?」
「ただの深窓の令嬢だった奴が馬鹿言ってんじゃねぇよ。まぁ、土台が良かったのは認めるけど」
他愛ない言葉のやり取りが、かつての一時を思い起こさせる。
けれど今はあの時とは違う。
夜一はもはや四楓院家の姫君などではなく、尸魂界に侵入を果たした旅禍で。
は一介の新卒平隊員などではなく、四番隊の副隊長を務めていて。
大きく変化してしまった現状。だけどそれでいいと思う自分に、夜一は目を細めた。
こんなことを言ったら馬鹿にされるかもしれないけれど――――――嬉しかったのだ。
姫君ではない自分として、の前に立てて。
「俺は、自他共に認める女好きだけど」
唐突に話題を変えるを、夜一はただ見つめる。
「おまえのその傷は治さない。そいつは蜂が頑張ってつけた勲章だからな」
「・・・・・・分かっておる」
砕蜂から受けた傷は多いけれども、致命傷に至るものではない。
それを確認した上で夜一も頷いた。
本当に、少し会わない内に随分と腕を上げたな、と思いながら。
「蜂はこれで戦線離脱、烈も第一線にいない。とすれば俺の出番もここまでだ」
「・・・・・・良いのか? おぬしは、それで」
「いいも何も、俺は尸魂界のために刀を振るうほど御人好しじゃねぇよ。大事なもんさえ守れりゃそれでいい」
腕の中の砕蜂を見下ろしてそう言ったの表情は、常の彼からは想像できない柔らかなものだった。
恋人に見せるものとは違う、甘い、優しさを帯びた視線を、は注ぐ。
砕蜂と―――卯ノ花烈にだけ。
少しだけ悔しく感じるけれども、それでいいと夜一は思う。
自分にとってという存在は、一時の自由であり憧憬の象徴みたいなものだ。
慕情とは違う。少なくとも夜一はそう認識している。
恋とは、違う。



欄干から眺めた自由。
浮かべられた笑みの魅力、回された腕の強さ。
邪魔するもののない空が、どんなに広大に見えたか。

あれほどの感動は、きっともうない。



どこかで霊圧がぶつかり合っているのを感じる。
大きさからいって只者ではない。おそらく一護と朽木白哉だろうと検討はつく。
行かなくてはならない。そうは思うが、何故か足が動かない。
どうしてだろう、と夜一は脳裏で思う。どうしてから視線が外せないのだろう、と。
「・・・・・・儂が砕蜂を置いていったのは、そやつに罪人としての道を歩ませたくなかったからじゃ」
口が勝手に思いを綴る。視線の先で、が楽しそうに唇を緩めるのが見える。
「儂と共に行くより、おぬしと共にいる方が幸せであろう」
「分かってたよ、それくらい。だけど蜂にとっちゃ違ったんだろうな」
「近くにあるうちは気づけない、か。相変わらず不器用のようじゃな」
「まったくだ。おまえそっくり」
「何を言う」
思わず笑みを零し、夜一は肩を揺らした。
はその様子に目を細めて。
「だから心配すんな」

「蜂は俺が引き受けるから、おまえは行けよ」

望んでいた、自由へ。

それはまるで金縛りが解けたかのようだった。
軽くなった体は夜一の意思通りに跳躍し、彼女を木の枝の上に押し上げる。
下から見上げてくるを、信じられない気持ちで見つめた。
彼の言葉は、今も昔も魔法のようで。
何か言おうと口を開いたけれども、結局声にはならずに。
ただ、が笑うのを見ていた。
「じゃあな、夜一」
やはりその言葉は魔法で、夜一の足は勝手に次の場所へと向かいだしてしまった。



瞬歩で隊舎の屋根を駆けながら、夜一は悔しげに呟いた。
「礼も言えなかったじゃろうが・・・・・・馬鹿者」
こうして一時の邂逅は通り行く。

感謝と愛情を、風に乗せて。





2005年3月1日