[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
崩れ落ちる視界に映る。
ずっと倒したかった相手。
倒して、彼女を。
彼女の手をもう一度。
・・・・・・握りたかった。
「・・・ル、キア・・・・・・」
もう決して離れないように。
離さないで、いられるように。
勝手にWJ(BLEACH145話)
次に阿散井恋次が目を開いたのは、傷だらけの身体に新たに加えられた痛みの所為だった。
しかもそれは朽木白哉によって斬られたのと同じ場所で。
何かが皮膚ではなく肉にめり込んだのを感じ、呻き声と共に瞼を震わせる。
石の地面が間近に見えたとき、生きているのだと阿散井は思った。
――――――生きている。
「おい、餓鬼」
声が降って来る。
動かない首を諦め、目だけで上を見た。
おぼろげな視界に、男と女の姿が映る。
また、声が降って来る。
「死にたいのか、死にたくないのか、生きたいのか。―――どれだ?」
手の平から繰り出される鬼道は、見る間に血を止め、肉を継ぎ合わせていく。
その腕前は昔から変わらない、と砕蜂は思う。
卯ノ花と倫が持っていて、自分は持ち得ることのない力。
悔しくないわけではないが、そう思うことは当の昔に辞めている。いくら羨んだところで無意味なのだから。
そう、無意味なのだ。手に入らないものは、いくら望んだとて手に入らない。
そういったものは、確かに存在する。
例えばそれは、力であったり立場であったり。
誰かの、気持ちであったり。
「『朽木ルキア』っつーのは、そんなに好い女なのか?」
阿散井の怪我を片手で治しながら、倫は楽しそうに笑いながら聞いてくる。
砕蜂は腕を組み、それを無視した。
「この餓鬼に旅禍、加えて朽木白哉に浮竹ら十三番隊。随分な人気じゃねーの」
「・・・・・・朽木白哉は違うだろう」
「まったく、あいつの趣味は疑うぜ。同じ顔の人間を用意したところで中身は違うってのが判らねぇのかよ」
横顔に浮かぶのは嘲笑。
次の言葉が予想できて、砕蜂は倫から目を逸らした。
「緋真ほどの女が、そう簡単に見つかるわけがねぇ」
「・・・・・・いくら悔やもうと死んだ者は戻らぬ」
「それ、朽木白哉に言ってやれよ。あいつ昔から無口で無愛想だから忠告してくれる知り合いすらいねぇだろうし?」
「他人事に口を挟む気はない」
「俺もだ。そういうのは横で見てるからこそ楽しめるしな」
「ならば今していることは何だ」
いつもと変わらない冷静な声音で、砕蜂は指摘した。
倫は今、阿散井の傷を治している。阿散井は罪人の朽木ルキアを救出するために殲罪宮へと向かい、その途中で朽木白哉によって斬られた。
罪人を逃すのは罪。その業を背負った彼を治療することはまた、倫が彼に加担したことを意味する。
巻き込まれていく。否応無しに、喧騒の渦中へ。
けれど倫は砕蜂の言葉を気にすることなく、軽く笑った。
「俺は四番隊の副隊長。怪我した奴を見たら治すのが仕事です?」
「昼行灯がよく言えたものだな」
「四番隊の副隊長は病弱で会議も常に欠席。だから世事にも疎く、現在の尸魂界で何が起こっているのかも判らない」
砕蜂が眉を顰めた。
「だから途中で会った二番隊長が教えてくれる」
顔を上げた倫の下、阿散井の怪我は七割程度治っている。
これなら体格がよく、力のある阿散井なら十分に動けるだろう。今の彼は誓っていることがあるからこそ。
不自然ではない、この状況で。
「『・・・その者は罪人の逃がすために奔走していた。治療などせず、このまま刑軍に引き渡すがいい』」
一つ貸しだ、と続いた砕蜂の言葉に倫は唇を歪めて、身体で払ってやるよ、と笑った。
「おい、餓鬼」
二度目の衝撃は、大した痛みも感じなかった。
瞼を上げれば、今度は首が動く。
明朗な視界に男と女が映る。女の方は二番隊の隊長を勤める砕蜂だが、男の方は阿散井の知らない死神だった。
誰だ、と訪ねるよりも先に相手が口を開く。
「刑軍に連絡した。奴等は罪人を捕まえに来るのだけは無駄に早いからな。さっさと逃げた方がいいぜ」
「・・・・・・あんた―――」
「俺は四番隊の隊員。おまえを見つけたから治療した。そうしたら二番隊長がおまえが罪人であることを教えてくれた。だから治療を中止し刑軍に連絡した。だが奴等が来る前におまえは目覚め、俺たちの隙を衝いて逃げ出した。判ったならさっさと行け」
明瞭簡潔な台詞はどことなく楽しそうな音を帯びている。
それを確認しようと口を開きかけた瞬間、力強い手が阿散井の腕を掴んで、彼を引きずり立たせた。
背の高い阿散井と同じ目線。適当に切っている感のある黒髪が、何故かひどく様になっている。
唇を歪めて笑う顔は、今まで見た誰よりも格好良く、男の色艶を纏っていて。
己の上司とは異なる質の迫力と威圧感に、阿散井はごくりと喉を鳴らした。
「俺たちはおまえの敵じゃねぇ。だけど決して味方にもならない」
男の逞しい肩越し、【二】の羽織を羽織った砕蜂が見える。
とん、と軽く胸を押されて自然と一歩後ずさる。
男が笑う。
「うろうろしてると刑軍が来るぜ。次に俺らに見つかれば、斬られることは覚悟しろ。まぁ、無事に逃げおおせたら礼として『朽木ルキア』を紹介しろ」
美人なんだろ、という台詞に、阿散井は思わず眉を顰めて無愛想に返した。
「・・・・・・ルキアは胸も尻もないっすよ」
大仰に砕蜂が顔を歪め、男は対照的に声を上げて笑い出す。
振られている手に行け、と言われて阿散井は駆け出した。
致命傷だったはずの傷は八割方治っていた。
阿散井の霊圧が遠ざかっていき、代わりに刑軍の気配が近づいてくる。
面倒くさそうに頭をかきながら倫は振り返った。
「言い訳は、奴が副隊長なのに卍解が出来たから不意を衝かれたってことでいいよな」
顔を逸らして、砕蜂は言い捨てる。
「勝手にしろ。私は知らん」
「さっさと済ませて次に行こうぜ。市丸も動いたし、朽木ルキアの処刑も始まる」
「・・・・・・東仙たちの方はどうする気だ」
「さぁな。出くわしたら治療ぐらいはしてやってもいいが、わざわざ出向く気にはならねぇ」
同感だ、と心中で呟き、砕蜂は息を吐き出した。
だが、頭上でくすくすと漏らされた笑い声に、条件反射で不機嫌になりながら顔を上げる。
見れば倫が自分を見下ろして、ひどく楽しそうに笑っていて。
「良かったな、蜂」
意味が判らず眉を顰めようとしたとき。
「朽木ルキアは胸も尻もないってさ。おまえと一緒だな」
倫の言葉に砕蜂がどういう反応を返したかは判らない。
だが、その場に到着した刑軍の死神たちは、戦いの爪痕で大きく抉れた地面と建物を目撃する。
2004年9月4日