気配で感じる、いくつかの霊圧の衝突。
遠いそれと、隣の部下の菓子を頬張る音を聞きながら、砕蜂は内心で繰り返し思う。
くだらぬ―――と。
彼女にとってそれらは何ら意味のないものであり、また矜持を妨げるものでもあった。
冷静な顔色の下で睥睨を吐き捨てたとき、ふいに近く現れた魄動に顔を上げる。
人物を視界に入れるよりも先に、慣れ親しんだ感覚が、それが誰だか教える。
「よぉ、蜂」
道の先で壁にもたれている男を一瞥し、砕蜂は今度こそ表情に出して不快を示した。
勝手にWJ(BLEACH141話)
部下らしき死神を携えて立っている男。彼の名を、砕蜂は知っていた。
だからこそ顔を歪め、背の高い相手を見上げて睨む。
近づいた際に錆びた鉄のような匂いがし、無意識のうちに眉を顰めた。
「・・・・・・何の用だ」
「これから召集だろ。なら一緒しようと思ってな」
「貴様が? 卯ノ花はどうした」
隊長の卯ノ花ではなく、副隊長の。それもいつもは表舞台に出ようとしない彼の不自然な行為。
それゆえの当然の質問に、はやはり当然のように答えた。
「烈は戦闘で負傷した。だから召集には応じられない」
砕蜂が目を見開く。
ざぁっと二人の間を風が駆け抜けていった。
卯ノ花烈
砕蜂
そして、。
彼ら三人は、死神統学院の同期だった。
優秀な者だけが在籍することの出来る一組でも抜きん出た才を持っていた彼らは、実習などで共に組まされることが多かった。
常に穏やかな微笑を浮かべ、けれど意外なほどに芯の強い卯ノ花。
他に関心を払うことなく自己を確立し、交わることを嫌う砕蜂。
実力はありながらも怠惰を繰り返し、楽に興じる。
傍から見ても合うことなどないと思われる彼らは、そのままの通り親しくなかった。
けれど、学院の六年間が育てたものも確かにあった。
仲は良くなかったけれども。
人が『信頼』と呼ぶものが、彼らの間にはあったのだ。
砕蜂の頭に、卯ノ花の姿が浮かぶ。
思い描くときでさえ笑顔の彼女は、治癒専門の四番隊員だが、決して戦闘における実力がないわけではなかった。
だからこそ、俄かにはその報が信じられなくて。
「・・・・・・・・・誰に」
「十一番隊長、更木剣八。うちの救護牢にいた旅禍を脱走させやがった」
「―――ふん。更木め、隊長としての矜持まで失ったか」
歩き出す砕蜂の隣に並び、も歩を進める。
二番隊の副隊長である大前田は初めて見るに、ましてや自分の上司とこうも会話をする人物に驚いて呆けている。
伊江村はそんな彼を横目で見つつも、砕蜂とからは少し距離を取り、付き従った。
小柄な砕蜂と、背の高いが並行し、先を行く。
「さっきから起こってる霊圧の衝突。おまえも気づいてるだろ」
話すの死覇装からは、鉄を帯びた匂いがする。
彼自身が傷を負っているようには見えないから、卯ノ花の血か、と砕蜂は判断した。
「尸魂界は二分されようとしている。中央四十六室の裁定を認める者と、認めない者」
「私はどちらにも与しない。私が貫くのは護廷十三隊隊長としての使命と矜持のみ」
「ったく、烈といいおまえといい、口を開きゃ隊長としての何とかがどーしたって馬鹿の一つ覚えかよ」
互いを見ずに前へ進みつつ、は呆れたように溜息を吐く。
砕蜂はやはり不愉快そうに眉間に皺を寄せ、歩く足を速めた。
けれど体格の差からが大股に踏み出せば、それだけで同じ距離を保てる。
それが余計に悔しくて、けれど学生の頃から変わらぬ感情の応酬に砕蜂は表情を消し、歩幅を元に戻した。
「いいか、先に言っとく。俺はおまえみたいなじゃじゃ馬の面倒を見る気はねぇ」
これも変わらずに言われてきた言葉で。
「だけど、おまえが死にそうなときは助けてやる。それは絶対にだ」
学生のとき。
卯ノ花と、砕蜂と、と。
仲は良くなくて、けれど認め合っていた三人は喧嘩もよくし、ぶつかってばかりの日々を過ごしていた。
中でも砕蜂は女と騒動ばかり起こすが嫌いだったし、は堅物で他人を切り捨てている感のある砕蜂が好きじゃなかった。
卯ノ花はそんな二人の間に立つことはなく、彼らはまさに三角形の関係だった。
けれどそれは、居心地が良くもあって。
騒いでいた日々は、今も忘れずに覚えている。
が言った、言葉も。
『俺はおまえの副官にはならねぇ。その代わり、何かあったときは助けてやる』
―――忘れるわけがない。
あのときの、彼の言葉を。
『俺が蜂を守ってやる。絶対にだ』
脳裏を掠めた過去の記憶に、砕蜂は無表情の中で軽く笑った。
長い付き合いからそれを見抜いているであろうに、けれど表立って笑うことはなく。
あのときと同じ台詞を、睨み上げて返す。
「貴様ごとき軽薄男に守られるほど、私は弱くない」
懐かしい言葉に、は楽しそうに目を細めて。
「―――上等」
学生の頃のように、肩を揺らせて笑った。
漆黒の死覇装を翻して、彼らは歩き出す。
決して交わることはなく、けれど寄り添い続いている各々の道を。
2004年7月20日