建物の半分が使い物にならなくなってしまった。
壁も塵と化し、部屋の中にいるはずなのに緑の木々と青い空が目に入る。
それらを見ながらは腰に手をやり仕方なさそうに肩を竦め、瓦礫の中に横たわる相手に声をかける。
「大丈夫か、烈」
白皙の顔も今は色などなく、額から流れる血を構わずに放りながら、卯ノ花は頷いた。
二人とも互いに、苦い笑みを浮かべながら。

「・・・・・・行っちまったな」

高く晴れ上がった空を見上げる。





勝手にWJ(BLEACH138話)





肩から胸にかけての深い裂傷。
他にもたくさんの傷を受けている卯ノ花に、はあからさまに顔を歪めた。
その色は不機嫌そうで、けれど心配している様子も秘めていて。
手を差し伸べても取れないだろうと判断し、その傍らに膝をつく。
傷に触れないように肩を抱いて起こし、細い体を腕の中へと収めた。
「だから更木は俺に任せろって言ったんだよ」
言葉とは裏腹に、傷を治してくれる鬼道は温かい。
卯ノ花はそんなの行動にかすかに笑みを浮かべて、目を閉じた。
「烈は治癒には優れてるが戦闘には向いてない。それは更木と比べたら雲泥の差だ。自分でもそれくらい判ってんだろ」
「・・・・・・ええ」
「だったら大人しくしてろよな。何のために俺がおまえの副官についてんだ」
やはり怒りを含んだ声に、少しだけ口元が綻んで。
何笑ってんだよ、という文句には微笑むだけで言葉にはしなかった。



四番隊の隊舎の地下にある救護牢に拘束されていた旅禍。
それらを脱獄させるために、つい先ほど現れた護廷十三隊のうち、十一番隊隊長・更木剣八。そしてその彼の部下。
力で敵わないことは、卯ノ花にも判っていた。
他の死神は攻撃に使うことの出来る鬼道も、四番隊隊員たちは治癒と拘束にしか使うことが出来ない。
だから、純粋な剣の勝負。
その戦いにて到底更木に勝てないだろうことは卯ノ花にも判っていた。
それでもに任せず、自ら彼と相対したのは。



「・・・・・・私は、四番隊の隊長です。その責を果たすのは、私の義務ですから」
周囲では半壊した隊舎の中を、同じ四番隊員たちが右往左往している。
刑軍への報告へ再度走る者、裏廷隊の呼び出しをかけに行く者、崩れた壁や天井の下に埋まった器具などを掘り起こす者。
卯ノ花とは被害を最小限に止める意向で戦ったため、壊れたのは建物だけで、隊員たちの中には被害者は出ていなかった。
それを教えると、卯ノ花は目元に喜色を浮かべる。
「・・・草鹿十一番隊副隊長は」
「あの餓鬼? 止めを刺そうってところで更木が攫って逃げた。まぁ、隠密機動の報告によれば旅禍の一人は治癒能力を持っているっつーし、死ぬことはないだろ」
「・・・・・・ありがとう、
「どういたしまして。殺さずに捕獲は出来なかったけどな」
土台無理だったんだよ、とは治療を続けながら言う。
「だいたい烈といい蜂【フォン】といい、隊長の責務がどうとかって固く考え過ぎなんだよ。そんなんだから蜂なんかあんな仏頂面になったんじゃねーの」
出てきた名前は二番隊の隊長を務める才女のもの。けれど、にとっての彼女は肩書きなど関係ない、ただの同期だ。
卯ノ花以外の誰かが聞いていたら、の不敬を咎めたかもしれない。
けれどこの場にはと砕蜂、両方と同期である卯ノ花しかいないし、彼女は彼らの関係をとても良く知っている。
だから何も言わずに、淡く微笑みを浮かべて。
「・・・・・・もう、時間がありません」
視界を昇り行く太陽は、これから起こる騒ぎを呼び寄せている。
更木が旅禍を連れ去ったことはその発端に過ぎないだろう。もうそろそろ動き出してもいい頃だ。
護廷十三隊の隊長格らは、与えられた裁定に大人しく付き従うような可愛らしい性格ではない。
自らの道のために刀を握り他を蹴散らす。そういった輩だからこそ、上に立つ。
卯ノ花は転がる己の斬魄刀と、崩れ落ちた四番隊隊舎、そして部下たちを目に映し、最後にを見据えて。
道を、託す。
「・・・・・・
「あぁ」
手を握り締めて、きつく。



「・・・四番隊を、頼みます・・・・・・」



同期の彼女に、そして今の上司に、は頷いた。
卯ノ花にはそれだけで十分だったようで、安堵した体から力が抜ける。
傷口は鬼道で治したが、やはり流れた血の量が多すぎたらしい。色白の頬が、今は蒼白で。
けれどもう一つ、卯ノ花は願いを口にした。
「・・・・・・砕蜂を、」
「あのじゃじゃ馬を馴らすのは無理だな。俺に出来るのは暴れる前に止めるくらいだ」
軽口のようにそう言えば、卯ノ花は満足したように目を細める。
その血の気のない頬に手を添えて。
多数の女性にやるのとは違った丁寧な仕種で、は彼女を労わった。
「烈、おまえはよくやった」



「後は俺に任せとけ」



眠るように気を失った卯ノ花を抱き上げ、は立ち上がる。
近くに控えていた部下に彼女を託すと、乱れた死覇装の胸元を正す。
こびり付いた血は黒に赤で目立ちはしないし、ましてやそれを気にしている暇もない。
「伊江村」
「―――はっ」
膝をつく第三席の気配を感じつつ、前だけを見据えて。
「今まで散々馬鹿にしてくれやがった他隊に一泡吹かるぞ。―――ついてこい」
「―――はい・・・っ!」
伊江村だけではなく、その場にいた四番隊の死神らはの言葉に頭を下げる。
告げられた内容は不穏なものだったが、彼の横顔はそれらを吹き飛ばすほど頼りがいのあるもので。
いつもは仕事などせずに女とばかり遊んでいるのそんな表情に、彼らは驚き、そして感嘆した。
先ほどの戦闘や治療を見て、今更ながらに思う。
この人は、四番隊の副隊長なのだ――――――と。



尸魂界全域で始まった『戦争』とも言える争い。
権力も矜持も関係ない。あるのはただ、守りたいと思う心。
隊に、そして仲間に害を為す者は許さない。
斬魄刀を腰に帯び、は決意を秘めた確たる足取りで歩き出した。



「舐めてんじゃねーぞ、尸魂界」





2004年7月18日