あなたに心を奪われた
窓の外では桃の花が咲き乱れている。ささやかな風が心地よい午後。
自分のやるべき仕事をすべて片付けた日番谷は、散歩がてらにを探していた。
ぽてぽて歩いていると、前から幼馴染でもある雛森桃が歩いてきた。
「あ、日番谷君。どうしたの、こんなところで」
「松本が報告上げてくるまで暇なんだよ。それより雛森、おまえ知らないか?」
「って・・・・・・何番隊の人?」
きょとんと首を傾げられて日番谷は初めて思い出した。そういえば件のは、昼行灯のサボリ魔だということを。
その後、偶然会った阿散井恋次にも、会ってしまった市丸ギンにも、擦れ違った朽木白哉にも聞いてみたが、彼らの反応はやはり先ほどの雛森と同じものだった。
ようは「誰、それ?」である。
「・・・・・・あいつ、確か四番隊副隊長のはずだよな?」
それなのにこの知られなさっぷりはどういうことか。日番谷はそう不審に思ったが、自分とてつい最近までという存在を知らなかったことを今更ながらに思い出す。
偶然、部下の松本乱菊が珍しく片思いをしていると知り、そしてまた偶然が重なってという男を知りえたのだ。
それまでは日番谷も、勇音という女性隊員が四番隊の副隊長だと思っていた。それほどには表舞台に出てこないのだ。
しかも病欠などではなく、おそらく不謹慎な理由でもって。
「・・・・・・最初から四番隊に行っとくべきだったな」
無駄足に溜息を吐き出して、日番谷は向かう足先を変えた。
散歩なはずの時間が、いつの間にやら目的を持った道程になっている。
「副隊長でしたら、今は席を外しておりますけれど・・・・・・」
気の弱そうな男性隊員が、おずおずとした口振りで答える。
結局はここも無駄足になってしまったのだが、を知り、当然のように副隊長扱いしている人物に出会い、何となく日番谷はほっとした。
「どこに行ってるか知らないか?」
「ええと・・・少しお待ち頂けますか?」
隊員が大人数用の執務室へ戻ると、開いたままの扉から彼らの話し声が聞こえてくる。
「あのー、副隊長がどこに行ったか知ってる人いますかー?」
「えー? 隊長ならあれじゃないの? 赤茶の髪をくるくる巻いてる女」
「ありゃもう終わっただろ。今は黒髪短髪の六番隊員じゃないか?」
「あたし一昨日、一番隊の子といちゃついてるの見たけどー」
「うっわ、相変わらず回転速ぇ」
「さすが女ったらし」
彼らは笑いながら貶しているが、どれも言葉ほどの悪意は感じさせない。むしろ好意的な雰囲気すらあり、が結局は頼りにされていることを日番谷に予想させた。
最初に取り次いだ隊員が戻ってきて、ぺこぺこと頭を下げる。
「すみません・・・僕たちじゃ副隊長の居場所は分からないです・・・」
「いや、いい。手間かけたな」
「あ、でも卯ノ花隊長なら九割九分の確率で分かりますから、隊長に聞けば」
「九割九分?」
ほぼ十割という言葉に日番谷が眉を顰めると、隊員はまるで自分のことのように誇らしげに頷いた。
「・・・・・・いや、もう少し探してみる」
柔和な微笑を絶やさない四番隊隊長を思い出し、日番谷はそう答えた。
どこか底を感じさせない彼女が、日番谷はあまり得意ではなかった。
桃の花が甘い香りを運んでくる。気を抜けば瞼がくっついてしまいそうな穏やかな日和の中、日番谷は散歩から宝探しに変わってしまったような人探しを続けている。
霊圧を探ればよさそうなものだが、数度しか会っていないの霊圧を日番谷は覚えていない。それに昼行灯な男のことだから、うまく気配を消しているだろう。
「ちっ! 余計なとこで実力発揮しやがって」
思わず毒つきながら回廊を曲がると、前から見たことのある人物が歩いてきていた。
上げられた鋭い眼差しに、自分ほどではないけれど小柄な体。けれど俊敏さを感じさせる彼女は、二番隊の隊長。
そういえば、と思い当たったときには反射的に口が開いていた。
「を知らねぇか?」
同じ隊長同士、顔を合わせることは何度もあるが、話したことは数えるくらいしかない相手に声をかけられて意外だったのか、砕蜂は足を止めた。
けれど問われた名前にか、眉を顰める。
「・・・・・・奴ならこの季節は花園だ」
「九割九分か?」
思わず付け足してしまった言葉に相手は不可解そうに顔を歪め、答えることなく歩み去っていく。
その後ろ姿を見送り、何となく複雑な思いで日番谷は花園の方へと足を向けた。
砕蜂の言うとおり、は花園にいた。
桃の香りばかりで甘ったるい空気の中、外からは見えない位置で日番谷の苦労などお構いなしに寝転んでいる。
「おい」
「何だよ、チビ」
「今夜、浮竹と京楽に花宴に呼ばれてる。おまえも一緒に来い」
「女は?」
「さぁな」
「ま、たまには大人しく花を愛でるのもいいか」
風が強く吹き、桃色の花びらを散らしていく。寝転んだまま手を伸ばし、それを一枚捕らえては笑う。
日番谷はそんな彼を見下ろした。花の中にいるのが似合いの男だと思いながら。
先ほどから気になっていたことを、唇に乗せる。
「・・・・・・なぁ」
「何だよ、チビ」
「何で、九割九分なんだ?」
話の内容が読めないのだろう。が頭を傾けると、そんな彼の黒髪に花びらが一枚舞い降りた。
薄紅の花弁に何故か卯ノ花烈を思い出しながら、ぽつりぽつりと言葉を綴ると、は瞼を閉じて楽しげに笑う。
「簡単さ。俺たちはそれだけ互いのことを理解していると思いあってる。付き合いの長さは伊達じゃない」
唇に触れた花弁を、ふうっと息を吹いて再び飛ばす。
「残りの一分は、意外性と意地だな」
「意地?」
「あぁ」
告げる声は桃より甘い。
「『自分を甘く見るな』っていう挑戦さ」
花びらに埋もれていくを見下ろしながら、日番谷はとても胸が痛んだ。
あからさまに見せ付けられた絆に、何故か酷く悲しくなった。
『勝手にWJ』とは異なるバージョン。日番谷君にとって主人公はお兄ちゃんみたいなポジション。
2006年4月17日