四番隊員は、現世に降りることは殆どない。
何故なら彼らは戦闘能力が低く、虚を倒すことが他隊の隊員に比べて難しいからである。
元々四番隊員は治癒能力に優れている者の集まりだから、それは当然のこと。
故に、彼らは尸魂界で他隊のサポートに回るのが常だった。
お荷物と言われ、下水の掃除や花の水遣りなどの雑用も押し付けられる。
仕事の内容はくだらないが数だけは多く、他隊からの扱いが悪い割りに四番隊は忙しい。

けれどそれは、には当てはまらなかった。





ぼっくり





「やるよ」
ずいっと腕を突き出され、乱菊は目を瞬いた。
前に立っているは顔立ちに似合う余裕ある笑みを浮かべながら、手の平を差し出してくる。
拳よりも少し大きめのそれは、何かを中に握っているようだった。
乱菊は不可思議そうに眉を顰めてから、とりあえず手を出す。
そうすると、ころりと茶色の物体が落ちてきた。
「・・・・・・まつぼっくり?」
意外な答えに目を瞬けば、が楽しそうに笑う。
「現世は秋だろ」
「そりゃそうだけど・・・・・・って、まさかあんた」
「硬いこと言うなよ。どうせ俺のサボリなんか烈の許容範囲内だ」
さらりと言う様子から彼の卯ノ花への信頼が垣間見えて、思わず乱菊はまつぼっくりを握り締めた。
は四番隊の副隊長だ。それ以前に、彼と卯ノ花は死神統学院の同期でもある。
二人の間に絆があることは知っている。それこそ自分には入り込めないような強いものが存在していることを、乱菊は知っている。
だからこそ時おり見せられる欠片に、ひどく胸が痛んだ。
かすかに視線を伏せた彼女から見えない位置で、は笑う。
空になった手を、乱菊の緩い髪に伸ばして。
「・・・・・・そんな可愛い顔すんなよ」
耳にかかる髪をかき上げて、甘く囁く。
瞬間的に顔を紅くして拳を振り上げた乱菊から、は笑って身を返した。



以前に虚によって負わされた怪我を治療してもらうため四番隊を訪れたときに、乱菊はと出会った。
基本的に真面目な死神の多い四番隊の中で、仕事中に女と戯れる異色の存在。
確かに外見は抜きん出て良いし、声や仕種は他の者を惹き付ける。
実力はあるようだけれどもふざけてばかりの彼が、乱菊は最初気に食わなかった。
それは今でも変わってはいない。だけど、その名は変化してきている。
が卯ノ花の話をするたび、自分以外の女と話をするたび。
乱菊の胸は締め付けられるように苦しくなる。

この感情は嫉妬というのだと、今では気づいていた。



陽は高く、まだ就業中の身。
たまたま書類運びで出歩いていた際にと会ったから少し話もしていたが、早く隊舎に戻らなくてはいけない。
それに何より、このまま一緒にいれば流されてしまいそうな気がする。
そうしたいと心のどこかが言うけれど、そうしたくないとプライドが言う。
自分を他の女たちと同等に見られることは、どうしても許せなかった。
「これは有難くもらっておくわ」
手の平を転がる木の実に、小さく笑う。
こんな子供だましみたいなものでも嬉しいと感じる自分に、どうしようもないと乱菊は思う。
「何だよ、もう戻んのか?」
「当たり前でしょ。私はあんたと違って真面目に働いてるの」
「俺だって有事のときは真面目に働くぜ?」
「それじゃ遅いわよ」
「今は仕事よりもおまえといたい」
握られた手首が熱を持つ。
直接的過ぎる言葉は容易に心へ入り込み、どろどろに溶かして浸透していく。
引かれる力と腰に回される腕。背中越しに感じる身体は逞しくて安心できて、胸がどんどん高鳴っていく。
髪に口付けられ、その感触に身体が震えた。
甘い旋律が背中を走る。
乱菊はかすかに乱れる息を堪えるように、手を握った。
まつぼっくりが、その中で軋む。
身を任せてしまいたい。
――――――だけど。



好きになったからには、好きにならせたい。
譲れない意地が、ある。



全身に力を込めて、抱きしめる腕を振り払った。
意外と容易く離れたそれらは、熱を失って大人しく下がる。
二歩の距離を取って乱菊は振り向き、笑った。
彼女に出来うる限りの、満面の笑みで。

「私を誘うなら、今関係を持ってる女を全員切ってからにしてくれる?」

乱菊の己に抱いている誇りが言わせた台詞に、は目を瞬き、そして細めた。
浮かべる笑みは男めいた、色気のあるもの。
けれど再度手を伸ばすことはなく、ただ彼は笑った。
「俺、おまえのそういうとこ好きだぜ」
「・・・・・・あたしは、あんたのそういうとこが嫌いよ」
嘘ばっか、という言葉に踵を返し、乱菊は紅くなる頬を見られないように歩き出した。
追ってくる気配はなく、それに落胆する自分を心の中で叱咤する。
薄っぺらな愛に喜ぶだけの女にはなりたくない。
『松本乱菊』のプライドを、一人の存在で喪うわけにはいかないのだ。



力を込めて握ったため、少しだけ不恰好になってしまったまつぼっくりを手の平で転がす。
素朴で自然を形にしたかのようなそれは、とてもではないがには似合わない。
「どんな顔で拾ってきたんだか・・・・・・」
あの整った顔でまつぼっくりを拾う姿を想像すると少し笑えた。
弧を描く唇を、硬い茶色の表面に押し付ける。

せめてこれを拾うときくらいは、が自分のことだけを考えていてくれたならいいけれど。

願いながらの口付けは、まつぼっくりに赤い紅の後を残した。
それは乱菊の決意と同じように色鮮やかに輝いていた。





2005年1月17日