「しつれーしましたぁ」
わざとらしく間延びした声で挨拶をし、扉を閉める。
室内から咎めるような声と苦笑が聞こえてくるのを、は小さく肩を竦めてやり過ごした。
歩き出した廊下では、後輩の女生徒が擦れ違う度にちらちらと視線を寄越してくる。
はその中でも好みの相手だけに、ウィンクを返して笑っておいた。
黄色い声を上げて、頬を染めた女生徒たちが軽やかに去っていく。
「可愛いなぁ」
呟く声は純粋でなく、多少の含みを混ぜたもの。
この五年で少年らしさは消え、男の顔では笑う。
「女はみーんな可愛い」
烈風
先ほど指導官室で知らされたのは、護廷十三隊からの内定だった。
死神の資格を得るよりも前から、優秀な者は護廷隊からの誘いをかけられる。
の治癒能力を考えれば、四番隊から内定が来るのは当然。
けれど攻撃にも鬼道を使うことが出来、尚且つ実技の成績で入学以来主席を維持し続けている彼には、他の隊からの勧誘も来ている。
五番隊、九番隊、十一番隊。
そして―――二番隊。
「さぁて・・・・・・どこにすっかなー・・・」
選びたい放題だ、と呟くの横顔に真剣に悩んでいる気配はない。
軽い様子は普段と変わらず、それはまるで夕食の献立にでも迷っているかのよう。
「五番隊だと藍染先輩がいるな。九番隊はー・・・・・・誰かいたっけ?」
学院で知り合った先輩の顔を思い出しながら、校舎を抜けて中庭へと出る。
いつもサボっている大木の陰にも今日は寄らずに、まっすぐに横切った。
慣れた霊圧の気配は、もはや日常に組み込まれている。
「十一番隊はー・・・・・・前線だし、野郎ばっかで花がねぇか」
じゃあ却下だ、と軽く、本当に気安く切り捨てる。
誰かが聞いていたなら、間違いなくの不謹慎な決め方に眉を顰めただろう。
けれどそんなものを気にするような男ではない。
誰が何と言おうが自分の好き勝手にやる。それがの不文律だ。
中庭を抜けた先、校舎裏の小さな空間。
そこに、卯ノ花烈と砕蜂の霊圧を感じる。
強い風が後ろからの黒髪を攫い、空へと舞い上がった。
卯ノ花烈と、砕蜂。
その二人のどちらも、は嫌いではなかった。
入学した当時は鼻持ちならなかったが、むしろ今では好意を抱いている。
浮かべる笑みは穏やかだけれど、決して屈さぬ己を抱いている卯ノ花。
強い瞳が見据えるのは前だけで、決して己の矜持を貶めない砕蜂。
この五年間の付き合いを経て、は彼女らを認めるまでに至っていた。
こいつらは他の女とは違う。
「卯ノ花も砕蜂も可愛くねーしなぁ」
だからこそ、付き合っていこうと思える。
案の定、校舎の裏では二人の女生徒が対峙していた。
卯ノ花と砕蜂。一触即発な、けれどどこか泣きそうな緊張が広がっている。
彼女たちが何を言い合っているのか、そしてその結果がどこに行き着くのか。
鍵を握っている身としては放っておくことも出来ず、むしろそれだけの価値を彼女らに見出しているは、自ら進んで一歩踏み出した。
弾かれたように振り向く彼女たちに、片口を上げて笑ってみせて。
「ここまで近づいてきた気配に気づかねぇなんて、主席の名が泣くぜ? お二人さん」
軽やかな声に、強張っていた表情を不器用に溶かして卯ノ花が微笑む。
「実技主席のあなたに気配を消されたら、いくら私たちとて気づけません」
「鍛錬不足・・・・・・つーより得手不得手だろうな。人間誰しも完全無欠って訳じゃねぇし」
さらに一歩踏み出して笑う。
「だからこそ、俺たちは補い合わなくてはいけない」
その言葉に、卯ノ花も砕蜂もがこの状況の理由を知っていることを悟った。
そして、それを終わらせるためにこの場に現れたのだということも。
「俺のことを争ってくれんのは嬉しいけど、本人の意見を無視すんなよ」
―――風が吹く。
この決断が、これからくる未来を執り成すものだと知っている。
本当は、このままの関係でいたかった。
このままぬるま湯に浸るように、学院でいつまでも変わらずに。
いたかった、けれど。
卯ノ花の強い眼差しを受けて、は目を伏せる。
彼女は、前に進むことを望んでいるから。
だから、一緒に。
三人でそれぞれの道を進んでいこう。
は卯ノ花と砕蜂を等しく眺めて、小さく息を吐いて。
そして未来のために口を開く。
「俺は―――・・・・・・」
風が巻き上がり、遠くへと消えていく。
・・・・・・・・・泣くなよ、二人とも。
2004年12月29日