午前六時。
深い藍色だった空が薄れ、白く輝き、そして薄い青に変わっていく。
卯ノ花はその繊細な色の変化が好きだった。
一日の始まりに相応しいと思い、早く起きた日には必ずと言っていいほど見るようにしている。
昇り始めた太陽に目を細めて。
そして、伸びる影に笑みを浮かべて。



「今日も朝帰りですか。御精が出ますね」
「相手が放してくれねぇんだよ。まぁ、俺の魅力が悪いんだろうけどな」



学院の高い塀を越えて軽やかに侵入してくる同級生に、卯ノ花は浮かべる笑みを深めた。
朝の一瞬が、彼女はとても好きだった。





の刻






死神統学院で同じ一組に属している彼を、卯ノ花は結構気に入っている。
『気に入る』という言い方は適当ではないかもしれない。けれど、彼女は彼が嫌いではなかった。
鍛えられた肉体に甘い顔立ち、決して優しいとは言えないが魅了されて止まない性格。
酔わせてくれる言葉も、悦ばせてくれる指も、女を手に入れるすべての術を持っている彼を素晴らしいと卯ノ花は思う。
なんて魅力的な人なんだろう、と。
半ば感動に近い気持ちを抱いて、卯ノ花は彼を観察していた。
あの手に触れられたら自分はどうなるのだろうかと予測しながら。



塀の高さは約三メートル。
学院と外界を境にするには、やけに高いそれ。
卯ノ花が牢の格子だと日頃思っているそれを簡単に飛び越えて、彼は帰ってきた。
「おはようございます」
「あぁ、はよ」
膝をつくことなく綺麗に着地する彼を、流石だと思う。
認めている人が期待通りの行動を示してくれるのは、とても嬉しい。
他人任せの楽しみだけれども、それはそれでいいと卯ノ花は思っている。
「昨日はどちらへ?」
「学食の仕入れを担当している八百屋、知ってるか? そこの娘の友達の友達の姉の知り合い、だったはずの女」
「相変わらず引く手数多のようですね」
「楽しませてくれるからいいけどな。でもこう毎日じゃ俺が先に枯れるぜ」
「それは残念ですね。いつか御相手して頂こうと思っていたのに」
「ばーか。余計な期待させんなよ」
軽く払った黒髪が、朝日を浴びて煌めく。
「おまえは俺に抱かれる気なんか更々無いだろ」
笑って言われた言葉に、卯ノ花も笑った。
これだから好きだと再認識しながら。



卯ノ花は、同じ一組に認めている者が二人いる。
一人は今目の前にいるで、もう一人は砕蜂という名の女生徒だ。
は実技で群を抜き、実践だけなら学院で最も死神に近い存在だと言われている。
砕蜂は筆記にて主席を逃したことは無く、知識の面において彼女の右に並ぶ者はいないとされている。
そして、そんな彼らを差し置いて総合順位で主席を務めている自分。
誇らしくもあったし、恥ずかしくもあった。どうして専門科目で主席を取れない自分が、総合で彼らの上に立っているのか。
自虐的に悩むことがなかったと言えば嘘になる。
けれど、卯ノ花はと砕蜂を認めていた。だからこそ、胸を張ることにした。
各科目の最優秀者でなくとも、上に立つことは出来るのだと。



夜が明ける一瞬。
彼と共有できる時間が、卯ノ花はとても好きだった。
男女別に分かれている寮の入り口ではなく、裏手の目立たない非常口へ回る。
無断外泊は禁止。毎日のようにそれを破っているは、見つからないように部屋に戻る必要があるからだ。
「今日はたしか、現世で魂葬の実習でしたね」
並んで歩くときは、大抵二歩の距離をあけて。
見上げなくては見えない横顔よりも、視界の隅で揺れる指先を見つめて楽しむ。
「三限だろ。五限の救急は試験だっけ?」
「ええ。そして一限の史学は論文の提出です」
「うっわ、やってねぇし。今日の夕刻まで待ってもらってどうにかってとこだな」
「史学の先生は、あなたに興味がおありのようですから」
「女っつーのは面白いよな。相手が不良生徒だろうが随分な年下だろうがお構いなしだ」
「それが欲望というものでしょう。―――それか」
ふ、と一つの間をあけて。
卯ノ花は指から視線を外し、顔を上げた。
見下ろしてくる相手に穏やかに微笑んで。
「あなたが、それだけの男ということなのでしょうね」
一瞬だけ目を瞬き、当然といった感じで彼は笑った。
それでこそだと、卯ノ花は満足気に目を細めた。





早朝六時。
空が一日の始まりを告げるその時間が、卯ノ花は好きだ。
毎日のように学院の庭に出て、爽やかな空気を吸って待つ。
ただ一人、彼の帰りを。

夜には閉められている非常口の鍵が帰ってくる度に必ず開いている理由を、はちゃんと知っている。





2004年9月18日