目の前で、女が笑う。
緩く二つに結ばれ、胸に流されている黒髪が光る。
まだ幼い顔立ちには穏やかな微笑が浮かんでいて。
けれど、彼女は間違いなく女だった。
「はじめまして、卯ノ花烈と申します」
名乗った相手に名乗り返そうと思うよりも早く。
頭のどこかが告げていた。
こいつは危険だ、と。
玉砕
死神統学院は、入学試験の結果を成績順で張り出す。
上位二十名が一組入りを果たし、後の者はそれぞれの実力によって組み分けされていく。
名前のない者は不合格。合格率の低い関門に、けれど挑戦する輩は多かった。
何度も試験を重ねてようやく入学する者も少なくない中で、砕蜂は一度で合格を決めた実力者だった。
その発表を見たときのことを、彼女は今でも覚えている。
自分の名前は、上から二つ目のところにあった。
という、顔も知らない輩と並んで。
一番ではなかった。
卯ノ花烈
自分よりも上位で入学を果たしたその名を、砕蜂はきつく睨んで心に留めた。
彼女が実際に『卯ノ花烈』と出会うのは、それから一ヵ月後のことである。
何が危険なのかと聞かれたら、上手く説明することは出来ない。
だけど普通の、それこそ、そこら辺にいる死神見習いとは訳が違う。
それだけの何かを、出会った瞬間に砕蜂は卯ノ花から感じ取った。
当時の砕蜂自身は気づかなかったけれど、それは同族嫌悪と呼べるものでもあったのだ。
卯ノ花は自分が名乗った際に、砕蜂の肩が小さく揺れたのに気づいて目を瞬いた。
そして、再度微笑む。
浮かべられた微笑は先ほどと違い、穏やかで、たおやかではありながらも。
深く何かを孕んでいるものだということに、やはり砕蜂は気づいてしまった。
当時の卯ノ花はすでに気づいていた。砕蜂が、自分と同じような人種であるということを。
だからこそ笑ったのだ。
まるで自分自身を嘲笑うかのように。
「・・・・・・砕蜂だ」
いくばくかの沈黙の後で、砕蜂は名乗った。
背の高さは同じくらいの二人。心持ち、卯ノ花のほうが高いかと思わせるくらい。
だからこそ至近距離で睨みつけてくる相手に、卯ノ花は笑みを深める。
「どうぞよろしく」
緩やかに頭を下げたが。
「断る」
冷ややかに両断され、軽く目を見張った。
思わず顔を上げると、やはり目の前に少女のきつい眼差しを感じて。
「私はおまえと馴れ合うつもりはない」
意外だと思った。
「おまえのように、媚び諂う笑みを浮かべるような輩と付き合う気はない」
それだけ言って、砕蜂は踵を返した。
遠ざかっていく後ろ姿は、本当に小柄なもの。
けれどその身の抱いている強さに卯ノ花は感嘆した。
小さく笑んで、口元に指先を寄せる。
楽しそうに何かを呟き、そして自らも踵を返して歩き出した。
砕蜂とは背を向け合って。
前を向く卯ノ花の横顔は深い笑みに彩られ、砕蜂の横顔は硬質な感情に象られていた。
2004年8月3日