それはある日の帰り道。
「ゆうっひがしずーんだら〜シチューにあいにいこう〜オゥオゥ〜♪」
「・・・・・・・・・何、それ」
「ん、知らへんの? リョーマ。有名なCMソングやで」
「・・・あっそ」
つれない返事にもセピア色の少年は気分を害することなく歌い続けて。
黒髪の少年は呆れたように肩をすくめた。
シチューと約束
今日は珍しく部活のない日で、リョーマとはHRが終わるとすぐさま教室を後にした。
用もないところに長居をするのは性に合わないのか、スタスタと階段を下りて下駄箱へとたどり着く。
下駄箱を開けて、中に入っていた何枚かの手紙を鞄にしまってから靴を取り出す。
そして並んで学校を後にして。
「今日の夕飯はシチュー?」
「せや。今日は鶏肉がセールやからな」
毎朝新聞の折り込みチラシをチェックし、献立を立てるは料理の腕も一端の主婦級で。
リョーマはそんなに質問を重ねる。
「シチューだけ?」
「んなわけないやろ。あとはサラダとご飯と・・・あ、アジのフライが残ってたんや。あれにしよ」
「この前さばいて作った?」
「そー。半分冷凍にしとったから、今日使うてしまお。そんなところやな」
「俺、キンピラ食べたい。牛ゴボウのやつ」
「ほな荷物もち頼むわ」
ニパッと笑ったにリョーマは仕方ないね、と頷いて。
いつもは別れる曲がり角を、今日は同じ方向へと足を進めた。
オバチャンたちで賑わっているスーパーに入り、籠を手に取る。
手馴れた様子は当然のこと。
は二日に一回はここに寄っているのだから。
ゴボウ一つにもちゃんとチェックを入れ、鶏肉もパックを手にとっては見比べて。
そんじょそこらの新妻よりも主婦らしい。
そして時々すれ違うオバチャンからかけられる声にも笑顔で応対して。
この女性への受けのよさは相変わらずだよね、とリョーマは小さく呟くのだった。
空も茜色に染まり始めたころ、帰路に着く二人の手には同じスーパーの名前の入ったビニール袋。
はご機嫌で鼻歌を歌い、リョーマはいつもどおり飄々とした顔で。
けれど隣を歩く存在の妙にハイテンションな様子に首をかしげる。
「・・・・・・何か企んでない?」
「うっわ! ヒドすぎるで、リョーマ!」
言葉ほど怒った顔ではなく、が笑う。
そしてやはりニパッと笑って。
「んー、ただ今日は兄貴がいないねん。せやから寂しかったんやけど、リョーマが一緒に夕飯食べてくれる言うし、嬉しゅうてな」
「お兄さん、なんか用事?」
「コレに会いに行くんやって」
ピッと小指を立てて見せて。
一瞬いぶかしんだリョーマもすぐに納得する。
「恋人いたんだ?」
「さーてね。兄貴の考えることは俺にはよう分かりまセン」
ちゃかすように笑うにリョーマは眉を顰めて。
「嘘ばっか。がお兄さんのことで判らないことなんてほとんどないじゃん。・・・・・・その逆もそう」
以前遊びに行ったの居候先の寺で会った人物を思い出す。
背が高くてスラッとしていてしかも顔も整っていて。
と同じように関西弁を話す彼は話術も巧みで人を和ますのがとても上手かった。
の言動が女性受けするのはこの人の影響かも、なんて思ったほど、とてもスマートな人だったのだ。
滅多に他人を褒めないリョーマをして、カッコイイと認めざるを得ないほどに。
そんな彼はのことをとても理解していた。
考えも、気持ちも、すべてを分かっているようだった。
自分が知らないのことも知っていて。
悔しさに手を握り締めたのは忘れられない。
そんな自分のことも、あの人は楽しそうに笑っていたけど。
「大丈夫、安心してや。俺はリョーマのこともちゃんと好きやからな?」
極上の笑顔でそんなこと言われたら、反論することも出来なくて。
「知ってるよ、そんなこと」
強がってみればやっぱり明るく笑われる。
「せやな。リョーマはとっくに分かっとることやし」
「でも俺、のことを全然知らないけどね」
「知らなくても友達にはなれるやろ?」
「親友のことを知りたいと思うのは当然だと思うけど?」
いつもどおりテンポよく流れる会話。
言った本人も、返した本人も、心の中はザワザワさせて。
相手に気取られませんように、なんて精一杯虚勢を張ってみたり。
「・・・・・・が何で青学に来たのかとか、どうしてお寺に居候してるのかとか、お兄さんと苗字が違うのは何でなのかとか」
空がだんだんと暗くなる。
「俺が知らないことは、たくさんある」
並んだ影がとても長くて、それに少し驚いたりして。
「無理矢理聞き出そうなんて思ってないけど、知りたいのは事実だから」
歩く足は緩めずに。
「いつか必ず、話してもらうからね?」
学ランの腕を強く引いて、振り向かせて。
ニヤリと挑戦的に笑って見せた。
いつもどおりの、いつもの笑顔で。
は目を丸くした後で、苦笑するように声を漏らした。
そして小さ呟く。
「せやな。・・・・・・・・・いつか、な」
その言葉に笑顔になって。
「絶対だよ? 俺は気が長い方じゃないんだから、早くしてよね」
「うわ、何やさっきと言うてることがちゃうんやないか?」
「さぁ? どうでもいいでしょ、そんなこと」
隣を歩いて、満面の笑みで。
「俺がを知ることに変わりはないんだからさ」
すっかり暗くなった道を二人で歩いて。
遠くに光る家の明かりを温かいなんて思ったりして。
二人は同時に笑い出した。
これからの自分たちのことを脳裏に描いて。
きっと
ずっと
いつまでも
こうして隣にいるんだろう。
きっと
ずっと
いつまでも
並んで歩いて行くんだろう。
きっと
ずっと
いつまでも
君の隣にいられますように。
2002年9月29日