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セピア





僕はその光景を見て大きく目を見開いた。
校舎と校舎の間。薄暗いそこに転がる学ランの男子生徒たち。
そしてその真ん中に立っているテニスウェアに身を包んだ、セピア色の少年。
「・・・・・・・・・筧!」
「え? あー、不二先輩」
振り向いた筧は頬に絆創膏を貼り付けたままヘラリと笑う。
「どないしたんですか? あ、もしかてもうゲームの時間ですか?」
地面に横たわる男たちなどいないかのように、筧は明るい声を上げる。
その姿は、どこか痛々しく僕の目に映って。
「・・・・・・これ、どうしたの?」
近づきながら尋ねると筧は「んー」と首をかしげてウェアについた埃を払う。
「ちょお話をしてたんですわ。この人たち、俺があまりにカッコええからオコボレにあずかりに来たみたいで」
ふざけた言い方だけど、内容は大体合っているんだろう。
けれどそれ以上に僕が驚いたのは別のことで。
「ちょっ・・・・・・! 何その顔! どうしたの!?」
グイッと力任せに顔を向けさせれば、左頬が腫れていて口元からは血が滲んでいる。
あまりにも判りやすい殴られた痕。
「・・・・・・・・・信じられない・・・・・・こんな綺麗な顔に・・・・・・」
呟いた言葉に筧は少しだけ笑って、頬に寄せられていた僕の手をやんわりと外す。
「正当防衛を主張するんに必要やったんですよ。・・・・・・・・・あぁでも、問題を起こしたから部活は退部させられるんかな」
「大丈夫、そんなことさせないから。彼らは三年生だし高等部への内部推薦を狙っているだろうからね。少し言えばなかったことにしてくれると思うよ」
ただ、それで君の気が済むかは判らないけど・・・・・・。
もう一度そっと、彼の頬に指を触れさせる。
筧はまるで猫のように目を細めて笑った。
「そんならええわ。俺も部活は止めたないから」
・・・・・・・・・よかった。
ホッと肩の力が抜ける。
彼に、部活を止めてほしくなかったから。
彼と一緒に話をして、テニスをして、もっと仲良くなりたかったから。
先輩と後輩の仲なのにおかしいかな?
筧と、もっと一緒にいたいだなんて。



僕は左手で彼の両手を包み込み、右手をそのセピア色の髪へと触れさせた。
遠くから見ていると眩しかったそれは、近くで見てもうやっぱり綺麗だった。
だから、こそ。
筧・・・・・・・・・試合は、止めにしよう?」
僕の言葉にパッと顔を上げた彼に少しだけ微笑して。
「・・・・・・・・・怪我、してるでしょう? 頬だけじゃなくて、体中に」
きっとこの男子生徒たちと似たような輩に殴られたんだろう。
最高学年なのをいいことに目立つ新入生を呼び出して暴行する、最低の奴らに。
タカさんとの試合のときから、ずっと様子がおかしかった。
そんな身体で、無理はしてほしくないから。
「・・・・・・・・・俺、テニスがしたいんです」
筧がまっすぐに僕を見上げて言った。
「・・・・・・・・・うん」
「たしかに、今の状態じゃ不二先輩には敵わないやろうけど」
「・・・・・・・・・うん」
「でも、テニスがしとうて青学に入ったんです。誰よりも強うなりたいから」
「・・・・・・・・・」
「せっかく掴んだチャンスなんや。ここで手離すことなんて出来へん」
彼の切実さが伝わってきて思わず泣きそうになった。
握った手に、力を込める。
「・・・・・・・・・今回だけだよ。次のランキング戦でも筧を入れるよう、ちゃんと手塚に言っておくから」
「せやけどっ・・・・・・!」
「お願い・・・これ以上心配させないで・・・・・・・・・」
抱きしめた彼はとても小さかった。
大柄とは言えない僕の腕の中にもスッポリと納まって。
そんな彼が危険を冒してまで前に進むのを僕は耐えられない。
遠くで、ゲームの始まりを告げる審判の声が聞こえた。



不二周助VS鼓太郎・・・・・・・・・ノーゲーム
筧は4勝1敗でレギュラーにはなれなかった。





2002年11月21日