01:a rumor





Zodiac Alliance of Freedom Treaty―――ZAFTには、まことしやかに囁かれている噂があった。
ザフトレッドとも、FAITHとも異なる特殊部隊が、最高評議会議長ギルバート・デュランダルの下に編成されているというのである。
隊長は誰か、一体どんな人物たちが隊員を務めているのか。
密やかに交わされる情報は、けれどどれも明確な答えを持たなかった。
ただ、一つの事柄だけは正しく伝えられていた。

その特殊部隊は名を、『アドボロス』というらしい。



シンがその姿を見つけたのは、ミネルバに乗り込む直前だった。
本日正午の出向予定まで、あと五分。寝坊してしまったおかげでギリギリだ。急がなくては、ルナマリアやレイだけでなく艦長にまで怒られてしまう。
施設からジープに乗せてもらい、ミネルバが見えたところから駆け出すこと少し。
搭乗口に向かって全力で走っている最中、その姿が目に入ったのだ。
緑の作業服ばかりの中、その男は漆黒の上下を纏っていた。ミネルバの副艦長であるアーサーの隊服よりも深い、まさに闇のような黒。
上着はシンと同じくらいの丈の長さで、黄金の縁取りが施してある。膝から下を覆う黒のブーツ。エメラルドグリーンの髪が、ばさばさと遠慮なく風にさらされている。
「誰だ・・・アイツ」
見たことのない隊服に、シンは眉を顰めた。
けれど男はシンの進む方向で、まっすぐにミネルバを見上げている。
ここはザフトの基地内だし、いくら何でも敵ではないだろう。そう考えていると、その男も歩き出した。
シンと同じ方向―――ミネルバへと向かって。
「え? ええ?」
何で、と思うけれども、男の足取りは迷いないはっきりとしたもので、聞こえてきた出向の合図にシンも慌てて走るスピードを上げた。
搭乗口に駆け込み、中からドアをロックする。動き出した艦に息を吐き出せば、さっきの男が真横にいるのに気づいた。
やはり見たことのない隊服。そして目立つ髪の色も、どこかやる気無さげに整っている顔立ちも。
すべて見たことがない、シンの知らない人物だ。
「あんた・・・・・・誰だよ。何でミネルバに乗ってるんだ?」
少なくともミネルバクルーではない。判っている事実から、クルー以外の人物がこの艦に乗っていることで、シンの緊張が否応無しに高鳴る。
けれど男は、その仕草すらも面倒だというように、ほんの少しだけ首を傾げた。
長い前髪の合間から、色の違う瞳が一瞬だけ覗いて。そして、ぽつりと呟く。

「この艦・・・・・・『アドボロス』じゃないの・・・?」

男から出たきた名にも驚いたが、よくよく考えればその特殊部隊に所属しているような能力の高い軍人が自分の乗る艦を間違えたことの方が驚きだったことにシンが気づくのは、ずいぶんと後のことである。





2006年1月10日