10:遺されるモノ
サイコロ状にした人参と玉葱、鶏肉を炒め、ライスを加える。味付けはトマトケチャップ。薄味にして皿に盛り付け、今度は溶いた卵をフライパンに流し込み、軽くかき混ぜて器用にオムレツを作り出す。半熟のそれは見た目にもふんわりとしていて、先ほどのチャーハンの上に載せれば洋食屋で出てきそうなオムライスが出来上がった。フォークを添え、レイはその皿をリビングで横になっているの傍に置く。
「どうぞ、さん」
反応はない。それはいつものことで、家にいる際に自ら動くに出会える確率の方が低いのだ。彼は生きることを放棄している。食事すらレイが用意しなければ口にせず、風呂さえレイがバスルームに押し込めなければ入らない。すでに心は喪われていた。二度の戦争を経て、愛しき人の喪失と共に。
レイがダイニングで自ら作ったオムライスを食していると、ソファーに転がっていたがふらりと立ち上がった。その体は細い。半年前にはモビルスーツを駆り、膨大な数の敵を葬っていたとは思えない。筋肉を失っていく体は頼りなく、見る者に泣きたくなるような後悔を抱かせる。
が去ったテーブルの上には、一口分しか減っていないオムライスが残されていた。
中に入れる具を変えた。味付けをケチャップではなくコンソメにもした。卵もオムレツではなく薄焼きに変え、時にはチャーハンを混ぜて焼いたりもした。何種類も、ささいな違いをたくさんのコンビネーションで試した。
意地ではなく、ただそうしたかった。同じものは作れないけれど、少しでも癒せればと思った。何度も何度もオムライスを作った。一口分しか減らないそれに、自分の無力さを嘆いた。
何度目の挑戦だったのか覚えていない。いつものように横たわるにランチを用意し、レイはダイニングで一人黙々とスプーンを動かしていた。すでにオムライスの味など分からない。ただ機械的に口へと運ぶ。しばらくするといつものようにがふらりと立ち上がり、リビングから姿を消した。無意識の内に溜息を吐き出し、今日も大半が残っているだろう皿を下げるためにレイは立ち上がり、そして瞠目する。
そこに残っていたのは僅かなケチャップの跡と、汚れたスプーンだけだった。
「・・・・・・っ」
息を呑んで、胸を押さえる。湧き上がるのは愛しさと涙。堪えきれずにレイは泣いた。
死なないで、と切に願った。
あぁ、それでもこの身体はあなたより先に朽ち果ててしまう。
2006年7月11日