09.英雄の義務





目標金額は二億円。その半分を、二人は半年で稼ぎ出した。入って三日目でナンバーワンの座についたと、一月かかったけれど首位に立ち、その座をキープし続けているレイ。与えられた容姿と才能を遺憾なく発揮している彼らは、給料の他に客からの直接の落とし、そして貢がれた品を換金することでたやすく一億を手に入れた。私生活は質素で、引かれていく生活費はほそぼそとしたもの。定期的に閲覧している二人の銀行口座を確認し、イザークは深々と溜息を吐き出した。どう考えても、彼らが人生を楽しんでいるようには思えなかったのだ。
レイ・ザ・バレルはまだいい。彼はデュランダルを喪ったけれど、今は同時に惹かれていた―――の傍にいる。日常生活を放棄しているに近いに尽くしているからこそ、レイはまだ生きていけている。問題はその逆、尽くされているだ。
という人物は、その性質から尽くされる側の人間だ。少なくともイザークはそう思うし、実際彼は本人の意思はともかく、あまたの輩に好意を寄せられ、多かれ少なかれ尽くされてきた。どこか危うい、放っておいてはいけないと感じさせる何かがにはある。けれど本人は、自分のことを「尽くす側」と認識している。そしてその対象を、彼は唯一に決定してしまっていた。クルーゼの手足となって働いていたは、これ以上ないほどに優秀で、そして心から充実しているようだった。けれど、そのクルーゼもすでにいない。は唯一、そしてすべてのものを喪った。挿げ替えの利く存在などではないことは、嫌というほど分かっている。だからこそ歯がゆくて仕方がない。の視界にはもはや誰も映らない。レイも、イザークも。
これはきっと戦争の疵ではない。愛する人を喪ったことに対する悲哀の結果だ。癒すのは時間だけ。それを自分ですら理解しているというのに、どうして彼らはそれが分からないのか。愛や謝罪が補えるとでも言うのだろうか。のすべてと言っても過言ではない欠けてしまった穴を、埋められる自信があるとでも言うのか。だとしたらそれは、とんだ欺瞞だ。



「悪いがお引き取り願おう。俺はあいつらの情報を貴様らに教える気は毛頭ない」
イザークの言葉に、キラは痛ましげに眉をひそませ、アスランは小さく唇を噛む。何度目になるか分からないやり取りは、回数を重ねるごとにイザークの決意を固くさせるだけだった。
「クルーゼ隊長を殺した相手にが会いたがると思うか? 貴様もだ、アスラン。二度もZAFTを裏切った貴様をは決して許しはしない」
「それは・・・・・・っ」
「貴様らには貴様らの言い分があるだろう。だが結果として現状を見れば、貴様らがからクルーゼ隊長を奪ったことは事実だ」
「だけど・・・・・・それは、仕方がなかったんだ」
「『戦争だから』、か?」
吐き捨てるようにイザークは笑った。戦争だから許されるのだろうか。戦争だから許せと言うのだろうか。それは彼らが、自分が、絶対を喪っていないから言えることではないのだろうか。
「キラ、貴様はアスハ代表が泣いているから、その手助けをするために戦場に戻ったんだったな」
無力だと感じる。自分も含め、生き残り「英雄」と称えられている者たちは、やはり大局を見ることが出来なかったのだ。その点では死の瞬間まで世界を染めようとしたデュランダルの方が、生まれた瞬間から個人の憎しみのために生き抜いたクルーゼの方が、ずっとずっと潔い。彼らの思いは強固だった。それを葬ったのは自分たちの、怒りと好意という個人的なエゴ。
「身内のために戦った貴様らが、にそれを言うのか? 『戦争だから仕方ない』と。耳が腐る言い分だな」
冷ややかな笑みだった。かつては声を荒げて怒りを示したイザークのそんな所作が、彼の突き抜けた憤怒を感じさせる。キラとアスランは何も言えず口をつぐんだ。テーブルに手をつき、イザークは立ち上がる。
が望まない限り、例え貴様らが何度尋ねてこようが奴の居場所を教える気はない。そう貴様らの上司にも伝えておけ。お嬢様のあまったるい恋愛がクルーゼ隊長の代わりになどなれるものか、ともな」
「イザーク!」
「黙れ。吐き気がする」
酷い言い分を口にしたが、イザーク自身の顔も真っ青だった。骨ばった手が握られる。浮かぶのはただ、壊れきってしまった漆黒の瞳。彼はもう誰の姿も映さない。



声を上げて泣き出してしまいたかった。
けれど「英雄」とされる自分たちがそうしてはいけないことを、イザークは知っていた。
泣いてしまいたかった。





涙はせめて、あいつの権利に。
2006年7月11日