04.それは愛に似ている
「貴様ら・・・っ! 誰がこんな仕事に就けと言った!」
イザークは、だんっと思い切りテーブルを叩いた。床を伝い、レイの座る椅子まで振動が届く。
「お言葉ですが、ジュール最高司令官。私たちは評議会の指示に従い、一般市民として就職しただけです」
「それがキャバクラとホストクラブか!? そんなものは一般市民とは呼ばん!」
「立場ある御身としてそのような発言はお控えになった方がよろしいのでは?」
「・・・・・・レイ、貴様に似てきたな。しかもクルーゼ隊長がいらっしゃったときのにだ」
「光栄です」
本心からそう思っているのだろう。僅かにはにかんだレイにイザークは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「大体貴様らならば一般企業でもたやすく入社出来るだろう? なのに何故水商売など選んだ」
「手っ取り早く金を稼ぐためです。私は二年もすれば中年のような容姿になり、周囲から隠れて暮らさなくてはならなくなるでしょう。そのことを考えれば今のうちに金を稼いでおく必要があり、そのためには水商売が最適だったのです」
「ふん・・・・・・言い分はまともだな。百歩譲っておまえのことは認めてやろう。だが」
だんっと再びテーブルが叩かれた。
「! 何故男の貴様がキャバクラで働いているのだっ!?」
ダイニングでレイと向かい合っていたイザークの身体が、椅子から反転してリビングへと向けられる。窓から午後の日差しが穏やかに照りつけてくる中で、三人がけのソファーからは白い足が零れていた。細いけれど触れたくなる柔らかさを帯びているそれは、女性のものにしか見えない。戦争が終わり、こうして一般人として働き始めてからのは、キャバクラにいるとき以外はほとんど何もしていなかった。家事も買い物もすべて携わろうとしない。日がな一日目を閉じて横になり、レイが世話しなければ食事さえ摂らなかっただろう。
「大体女の格好は止めろと言っただろう。確かに女に見えなくもないが、貴様は男なんだぞ? バレたときに変態扱いされるのは貴様だろうが」
「あぁ、その点は問題ないと思います」
顔さえ見せようとしないに代わってレイが答えると、イザークはあからさまに顔をしかめた。
「さんの働いている『セイレネス』では、すでにすべてのスタッフが『』は男性だと知っています。知っていても黒服の男たちは『』に惹かれ、女性スタッフたちは『』に焦がれているのです。故に店外にさんの秘密が漏れることはないでしょうし、差別を受けることもないでしょう」
「・・・・・・世も末だな」
イザークはうんざりとしたように呟いたが、その光景はたやすく目に浮かんだ。この・という男は自身の魅力とその使い道を最低なまでに理解している。彼にとっては眼差し一つで相手を落とし、絡めて貢がせるくらい、息をするのと同じくらい簡単なことだろう。そうしていないことを評価するべきか一瞬考え、くだらん、とイザークは肩を竦めて立ち上がった。
「お帰りですか?」
「あぁ、これでも忙しい身なんでな。政治のせの字も知らん歌姫と、出戻りの優柔不断者のサポートで寝る暇もない」
「彼らが望んだ現状なのですから、あなたが尽くす義理はないでしょう。ほどほどになさって下さい」
「それが出来たらとっくにやってる」
忌々しげに舌打ちするイザークの頬は、戦時中よりもうっすらと削られていた。白皙の目元にも隈があり、連日の忙しさを現している。思い出したかのように振り返り、彼はレイに告げた。
「シンはルナマリアと共にZAFTを退役した。メイリンはアスランの補佐についてるが、定期報告ではどいつも元気らしい」
「・・・・・・そうですか。ありがとうございます」
「おまえのことを探しているとの報告も受けている。会いたくないなら気をつけておけ」
「・・・・・・ありがとございます」
頭を下げたレイを一瞥し、イザークはソファーに歩み寄る。結局一言も口を開かず動こうともしなかったを覗き込むと、彼は日差しの中でやはり目を閉じていた。まるで死んでいるかのようなその様子に、イザークはそっと手を伸ばす。
「また、来る」
掬った漆黒の髪が端から音を立てて零れていく。最後の一筋まで見送り、イザークは踵を返した。振り向かずに去っていく彼の背で、がぼんやりと瞼を押し上げていた。
主人公が顔を合わせる知り合いはイザークだけです。
2006年6月21日