03.朝焼けに貴方を想う
一日、というより一晩の仕事を終え、レイは店を後にした。早朝にさしかかっている時間、昇ってくる朝日が目にまぶしい。虚像の癖に、と思っていると、先に出ていた先輩ホストらが振り返ってレイを呼ぶ。
「なぁ、これから焼き肉食いに行くけど、おまえも行くか?」
「あ・・・申し訳ありません。俺は」
断ろうとしたレイより先に、他の先輩らが笑いながら口を出してくる。
「バーカ、無理だって。レイはこれから嬢のお出迎えだろ」
「いーよなぁ、あんな美人と同棲してるなんて!」
「親戚だっつーけど、本当か? 本気でヤッてねぇの?」
「してません。と会いたいなら店に行けばいつでも笑って出迎えてくれますよ」
「でも嬢は三ヵ月先まで予約が埋まってるって聞くぜ?」
「さすがアプリリウス・ワンの嬢王!」
口々に褒めはやされる『』に、レイは複雑な気持ちになって仕方がなかった。彼らの口にする『』はレイの知っている・の一部分であるはずなのに、まったく知らない人に思えてしまう。彼の演技力は先の大戦を通して十分すぎるほど身をもって学んだというのに、どうしてかレイはいつだって魅了されて止まなかった。にも、にも。
「それではお先に失礼致します」
「おー帰れ帰れ」
「嬢によろしくなー」
からかい八割で見送られ、レイは足早に『セイレネス』へと向かった。そこはレイの働くホストクラブ『ジュピター』と対をなすかのような、アプリリウス・ワンで最も人気のあるキャバクラだった。
キャバクラのホステスたちは、ほとんどがワゴンに乗せられ自宅まで送迎される。けれどはそれに乗ることがなかった。どんな天気の日でも、にアフターがあろうとも、必ずレイが出迎えとしてやってくるからである。
今やこの業界では公然の秘密となっている彼らの同棲だが、は一緒に帰ることも迎えにこられることも、何一つ命じたわけでも約束したわけでもなかった。ただレイが勝手にやっていたのだ。何故かの傍にいたくて、レイの体は勝手に動く。
「これ、売っておけ」
の手から放られたのは、最近プラントと地球の両方で人気のブランド店の紙袋だった。中を覗けば品薄で手に入らないと評判の最新バッグが収まっている。他にもいくつか見える箱は、おそらく大きさからいって時計やネックレスなどの貴金属だろう。もらった傍から質屋に流す。それでも客を増やしていくは、紛れもない『嬢王』だった。働き始めた最初の一月で、彼はすでに五百万を稼いだ。とんでもない人だと、レイは思う。
「腹減った」
「何か食べて帰りますか?」
「父上の作ってくれるオムライスがいい」
まるで子供のようなリクエスト。前を歩くは華やかなドレスに完璧なメイク。後ろを歩くレイはスーツに黒いコートと一目で分かる『夜の職業』だけれども、彼らは捨てられた猫だった。
「ちちうえのつくったごはんがたべたい」
泣きそうな顔で繰り返しながら、はぽつりぽつりと歩いていく。朝焼けの中、レイは彼の頼りない背中をじっと見つめた。
レイバレ、オムライスを練習すると心に誓う。
2006年6月21日