暴走






ひらりと隊服の裾が舞う。それは紅、ZAFTのレッドだ。限られた者だけが纏うことを許されたものであり、追いかけるイザークとてかつてその身を包んでいた。長い裾だ。ロングブーツ。動きやすさよりも僅かに外見を重視して、それでも着る者によっては限りなく機能を備える。翻る黒髪は長い。時折覗く耳や頬は白く、首筋は頼りない細さだ。手のひらに握られている銃は本来ならZAFT内で構えられるものではなく、戦場で引かれるべき武器だ。相対者を制する物。それを今、彼女、否、彼は手にしている。
黒髪は豊かに背を流れ、肌の白とのコントラストが見事だった。赤い唇はぷくりと震え、紡ぎだされるのはいつだって穏やかで優しい言葉ばかりだった。瞳の色すら夜を映したかのように黒く、コーディネーターにしては珍しい色合いだと思ったのを覚えている。その二色に、胸が引き攣るような痛みを覚えたことも。それでも悔恨を引き摺らずにいれたのは、紅い隊服が包む身体がなだらかな曲線を描いていたからだ。ふっくらとした胸元に、細い腰と太股。男なら誰でも触れたくなるような、そんな柔らかさが作られていた。微笑みはいつだって控えめで、それでいて述べられるしっかりとした意見にはイザークも一目置いていた。ジュール隊の新人だった。デュランダルに見出され、ミネルバに配属されてアークエンジェルを相手に武功を挙げて、フェイスに取り成されたけれども、それでもイザークにとっては目をかけている後輩のひとりだった。見所のある女だと、思っていた。
足音を立てて駆けていく。速い。追いつけない。じりじりと離されていくその感覚には覚えがあった。角を曲がる一瞬。隙が無い。弾丸さえ容易く跳ね返す実力は認めてもいた。人がいない、それでいて最短距離。あらゆる情報から最善を選び出す頭脳には恐れさえ抱いていた。どうして気づかなかったのだ。真実はこんなにもこんなにも、イザークの眼前に曝されていたというのに。
並ぶ機体の中で、白を選ぶだろうことは予想がついた。前を行く背中ではなく、その背中の追う背中が纏っていた色だ。先の大戦で生死は不明とされていた。能力から言えば生きていると信じていたが、精神から言えば死んでいると思ってもいた。クルーゼがいなければ生きる意味もない。クルーゼのために生きるからこそ意味がある。そう考えると知っていたからこそ、生死は予想がつかなかった。恐れていたとも言える。クルーゼのいない世界で、どこに意義を見出すのか。
床を蹴って跳躍する。黒髪が円を描き、容易く機体の肩に着地する。ようやく動きを止めた身体はどう見ても女のもので、振り向いた顔だって少女のものでしかないというのに、それでも真実は違うのだ。黒い瞳がイザークを見下ろす。忘れたことなど無かった。これは、夜なんかではない。闇の底に堕ちてゆく、混沌の色。
「・・・・・・父上のいない世界など、滅んでしまえばいい」
俺がこの手で滅ぼしてやる。声すら女のもので囁く姿は、紛れもないイザークのかつての同僚のものだった。。名を呼ぶ声が震える。うっとりと女が微笑む。あたかも女神のように美しく。





世界がおまえを、そう変えた。
2009年8月4日(2009年9月12日再録)