一部では周知の事実だが、レイ・ザ・バレルは・クルーゼを慕っていた。
彼はのすべてに憧れていたし、のような人間になりたいと思っていた。
しかし、やはり一部の人々は知っていた。

レイ・ザ・バレルは、当の・クルーゼにものすごく嫌われているということを。





Baby, hold out!





レイがその後ろ姿を見つけたのは偶然のことだった。
養い親であるデュランダルに呼ばれて最高評議会議会所に顔を出した帰り、ちょうど正面玄関のホールに隣接している応接セットに、見たことのある人物を見つけたのだ。
その人はどうやら端末を開いて何かを眺めているようで、自分に気づいている様子はない。
このまま通り過ぎることも出来るが、それでは失礼に当たると思いなおし、レイは足をそちらへと向けた。
ホールを突っ切り、まっすぐに向かっていく。すると後五メートルになるかというところで、相手が振り向いた。
おそらく気配と足音が自分を目指してきていることに気づいたのだろう。流石だとレイは思い、挨拶しようと口を開いたが、それは徒労に終わる。
銀髪の髪を揺らして相手が話しかけてくるのも、何だかよく聞こえない。
「レイ・ザ・バレルか。久しぶりだな」
本来ならばここで敬礼し、答えなくてはならないのに。それなのにレイは出来なかった。
テーブルの上に開かれている、端末の画面に見入ってしまって。
どうにかこうにか搾り出せた声は、家族であるデュランダルかミーアがこの場にいたのなら遠慮なく大笑いするようなものだった。
「・・・・・・・・・ジュール秘書官・・・」
「何だ?」
「一緒に、拝見、させて、頂けませんか」
「・・・・・・・・・先に言っておくが、は少ないぞ」
「構いません」
あっさりと答えて、レイはいそいそとイザークの隣のソファーに腰掛ける。
そして共に端末の画面を覗き込んだ。
そこには、ザフトレッドの隊服に身を包んだ、今よりも幼いが数人の少年たちと並んで映っていた。



隊服の裾を翻して歩く
食堂にてスープを口に運んでいる
パイロットスーツを身に纏いジンから降りてくる
同僚に肩を組まれ眉間にしわを寄せている
起床直後のラフなウェアを着ている

美しい。
綺麗。
格好いい。
艶やかしい。
可愛い。

幼いが次々に映し出されていく。
宝庫だ、とレイは思った。



「先ほど執務室のロムを整理していたら見つけてな。クルーゼ隊の同僚から貰った、三年前のものだ。これはおそらくヴェサリウスだろう」
イザークが懐かしそうに目を細めながら、説明を加える。
その間もレイは食い入るようにモニターを見つめていた。すべてのを己が脳裏に焼き付けるかのように。
が映っているものはあまりないが、これでも多い方だぞ? 何せ撮ったのはニコルだからな」
「・・・・・・・・・クルーゼ秘書官、お若いです」
「それは嫌味か? この写真はまだ先の大戦も始まっていない頃のものだが、はすでにかなりの戦績を挙げていた。若いと言うには不相応だと思うがな」
「それでも・・・・・・お可愛らしい、です」
呟くレイは、まるで熱に浮かされているかのようだった。
色白の頬はうっすらと紅に染まり、いつもの冷静な顔からは想像できないほど、目尻を下げ口元を綻ばせている。
同性ということを差し引いても眼福な光景だが、イザークはあまり感銘を受けなかった。戦後からこっち、無表情が常の同僚と多くの時を共にしてきたのだ。今更この程度でイザークの美意識は動かされない。
ひととおりスライドショーが終わり、画面はスタンバイに戻る。消えてしまったカラフルが物悲しい。
捨てられた子犬のように眉を下げ、レイはしょんぼりと空気を変える。
だがしばし悩んだ後、決死の顔で彼は口を開いた。
「・・・・・・ジュール秘書官」
「何だ?」
にやにやと笑いながら答えるイザークは、どうやら先の展開が楽しみで仕方ないらしい。
それは将来的に彼がアダルツの仲間入りできる可能性の片鱗だったが、レイは元よりイザーク本人もそんなことには気づかないうちに。
固い固い声が、二人の間に強く響く。

「自分に出来ることならば何でも致します。それ故、どうかそのロムを・・・・・・っ・・・いえ、写真一枚でも構いません、どうか、どうか、どうか焼き増しして頂けませんか・・・っ!?」
「おまえの報われなさには同情しないでもないが、俺はおまえよりと接する方が多い。奴に殺されたくはないからな。焼き増しはしてやれん」

べこん。レイが凹んだ。
背景に縦線を背負って項垂れた彼に、イザークは思わず苦笑する。
ここまでまっすぐな好意を示されながらも、向けられている当のはレイを頑なに拒否しているのだ。
いくらクルーゼに顔が似ているからとはいえ、この所業はあまりにも酷いだろう。
だが、イザークはレイよりもに近い人間だった。正確に言えばレイよりもと時間を共にすることが多く、レイよりもと会話することが多く、むしろに盛大な借りを作ってしまったりしている仲なのだ。
それ故にが不機嫌になりそうな行動は取りたくない。これ以上厄介なことになって堪るか。それがイザークの素直な気持ちだ。
――――――しかし、目の前で落ち込んでいる動物がいれば手を貸してやりたいと思う彼は間違いなく過去に隊長だった経歴があって。

「・・・・・・・・・まぁ、おまえが死んでも俺の名前を出さないと誓えるのなら、一枚くらいは焼き増ししてやらんこともない」

パアアアアア。レイが光った。
眩しいゴールドに目を細めながらも、イザークは思う。
こんなに慕っても報われないこいつは間違いなく不憫だ、と。



その日からレイは食事中も訓練中も何時如何なるどんなときも一つのパスケースを持ち歩くこととなり。
そんな彼を不思議に思うシンやルナマリアから追求がなされ、彼らはミネルバすべてを巻き込むような大騒動を起こすのだった。





2005年9月12日