エレカを出来る限り高速で、けれど決して事故など起こさないよう注意しながら運転する。
夕食には間に合わなかったけれども、この時間ならばまだ起きているだろう。ちらりと時計に視線を走らせ、イザークは更にアクセルを踏み込んだ。
見えてきた住宅街の中、一軒のシンプルだけれどもそれなりに大きく、上品な佇まいの家。
リモコンで門を開き、ガレージにエレカを止める。早足になってしまう自分に気づいて苦笑するけれど、それでも気持ちは変わらない。
インターホンを押して、玄関のドアを開ける。すぐさま抱きついてきた存在を、イザークは両腕で抱き上げた。
「ただいま、エレミア。良い子にしてたか?」
「おかえりなさい、とうさま! きょうはねっ、かあさまとこうえんにいったんだよ!」
「そうか、後で話を聞かせてくれ」
自分譲りの銀髪を撫でてやれば、息子は嬉しそうに首を竦めて笑う。
そんな子供へとは僅かながら違う、甘さを含んだ笑みを浮かべ、イザークはもう一人の家族を振り返った。
「ただいま、」
「お帰りなさい、イザーク」
柔らかな微笑で迎え入れてくれる彼女を抱き寄せ、その頬にキスを送る。
それだけで愛しさの募る彼女は、イザークにとって唯一の人。
愛している、妻だ。
A HAPPY NEW YEAR!
今日あったことを夢中で話し続けていたエレミアだが、睡魔に耐え切れなくなったのだろう。
うつらうつらとし始めた息子を抱き上げてベッドまで運び、ぽんぽんと優しく撫でてやればすぐに眠りに落ちていった。
素直で優しいこの性格は、きっとに似たのだろうとイザークは思う。そして時折覗かせる激情は、きっと自分に。
この息子は一体どんな大人になるのだろう。想像するだけで楽しくて、イザークは思わず笑みを零した。
「どうかしたの、イザーク?」
それに気づいたが、キッチンから尋ねてくる。
イザークがどんなに遅く帰ってきたとしても、彼女は起きて待っていてくれている。温かい食事と、笑顔と共に。
「いや、エレミアがどんな風に成長するのか考えていたんだ。きっと軍人にはならないだろうな。それと議員にも」
「あら、私は、エレミアはあなたの跡を継いで議員になると思うわ」
くすくすと笑い、は料理の皿を並べる。
「だってあの子、『おおきくなったらとうさまのおてつだいをするんだ』って毎日のように言ってるもの。知らなかった?」
「・・・・・・知らなかった」
初めて聞く事実に目を瞬くと、は更に楽しそうに笑った。
こみ上げてくる嬉しさに、イザークの口元も自然と綻ぶ。息子に目標とされるような、そんな父親に自分がなれているのかと思うと、本当に嬉しい。
そういえば自分も、母であるエザリアの背中を見て育ってきた。だからきっと、エレミアも自分と、そしての背中を見て育っていくのだろう。
議員になろうと、ならなかろうと関係ない。健やかに育ってくれればいいと思う。
「今日はどうだった? 体調は崩さなかったか?」
ソテーを口に運びながら聞くと、は緩やかな金髪を揺らして頷いた。
彼女の作る料理はとても美味しい。そのため、イザークは出来る限り食事は家で、出来れば家族と共に取るようにしている。
「最近は調子がよいの。お医者様も大分健康になってきたって言って下さったし、大丈夫よ」
「だが無理はするなよ」
「判ってるわ。エレミアのためにも、あなたのためにも」
微笑む彼女をイザークは愛していた。手を伸ばして、その髪に触れてしまうくらいに。蒼い瞳に口付けを落としたいと思うくらいに。
食事中なのでそう出来ないことを悔やみながら、伸ばしかけた手でグラスを掴む。
「今日、ニコルから電話があったの。今度のコンサートチケットを送るから、みんなで来てって」
「そうだな・・・・・・今からなら休みも取れるだろう」
「ふふ、無理はしないでね」
すべての料理を食べつくし、イザーク自ら食器を流しへと運ぶ。簡単に水で流して機械に入れれば、後は洗ってくれるから楽なものだ。
空になった両手で、ようやくを抱きしめる。温かな身体とかすかなコロンに、帰ってきたと感じる。
「なぁに、イザーク?」
彼女がただ愛しかった。とエレミア、二人を守るためなら、きっと自分は何だって出来るだろう。
「何でもない」
これだけは世界中に向けてでも、確信を持って断言できる。
「おまえが俺の妻でよかったと思っただけさ」
瞬かれた蒼の瞳に口付け、今度は深く唇を塞いだ。
二人目は娘がいいな、なんてことを考えながらを抱き上げて寝室へ向かう。
―――――――――ところで目が覚めた。
ちゅんちゅん、とわざとらしいくらいに鳥の朝を告げる声がする。
カーテンの隙間から差し込んでくるのは、本物ではない朝日。冬を意識した季候も、すべてフェイク。
そう、フェイク。フェイク、フェイク!
「・・・・・・っ・・・じゃなかったらどうしろというんだ!?」
起き抜けとは思えないほど怒りに満ちた叫びに、窓の外で鳥が飛び立っていく。
パジャマに覆われた肩を激しく上下させつつ、イザークは硬く拳を固めベッドを叩いた。
あれは、間違いなく『・』だった。自分の婚約者、ニコルの遠縁、緩やかなウェーブの金髪と、透けるように美しい蒼い瞳を持った。
――――――・クルーゼの仮の姿。
「・・・・・・っ!」
再度拳を叩きつけ、イザークはベッドへと突っ伏した。巻き戻されていく記憶に、もはや動くことすら出来ない。階下から朝食を告げる母親の声がする。
それはイザーク・ジュールが今年の初夢をみた日のことだった。
余談だが同じ日の午後、大量の土産品を手にしたイザークがクルーゼ邸を訪れ、理由も言わずただただに詫びたらしい。
2006年1月6日