フォンダンショコラに、愛を添えて。
St. Valentine's day
アスランは視線を逸らしたかった。
出来れば無限なる宇宙をこの目に映したかった。けれど出来ない。何故自分は通路側の席に座ってしまったのかと今更ながらに30分前の判断を悔やむ。
いや、今からでも遅くない。むしろシャトル内にいる人々の観察でもすれば気は紛れるかもしれない。
しかしここは超VIP席。いるのなんて自分と、彼女と、他数人の護衛だけ。
アスランは悔やんだ。何故自分は彼女の補佐なんてものをやっているんだろう、と。
「アスラン」
軽やかで耳に心地良い声音に、けれどアスランはびくりと大袈裟なまでに肩を震わせた。
来た。そう気づかされ、鼓動がどんどんと早まっていく。
出来れば振り向きたくない。振り向けば自分の運命がどうなるかなんて、彼はとてもよく分かっていた。
「アスラン」
しかしこのまま無視し続けるわけにもいかない。だってこのシャトルはプラント本国に到着するまで、後4時間もかかるのだ。
そんなに長い間無視し続けたらどうなることやら。自分が、自分の胃が。
吐息には変えず大きく深呼吸をして、アスランは隣の席を振り返る。
「何でしょうか・・・・・・・・・ラクス」
視界に広がったのは、望んでいた宇宙ではなくピンク色。
にこりと微笑む少女はとても可愛らしい。特に今は期間限定セール中で愛らしさ二倍増しだ。
「プラントに戻ったら、少しお休みを頂けませんか? ほんの数時間でいいんですの」
「休み、ですか」
「はい。それと14日にも」
来た、とアスランは思った。
14日、それは乙女の聖戦。
愛を告げる格好の日!
「フォンダンショコラを作ってみようと思いますの。ふわふわの生地に、中から出てくるチョコレートソース。様がお好きだと良いのですけれど」
頬を染めて語るラクスの手には、『バレンタイン必勝法』という厚めの本が握られている。
「材料だけではなく、ラッピングも買いに行かなくてはいけませんわね。エレカを回して頂けますか?」
はい、と機械的に頷いてしまう自分は、対ラクスにおいてNジャマーが働いているのではないかとアスランは思う。
「それと14日の様の行動を調べておいて下さい。出来ればお忙しくなくて、お連れの方がいらっしゃらない時間帯を」
はクルーゼ議員の秘書なのだから、常に彼と共にいるのではないかとアスランは思う。
「フォンダンショコラ、上手く作れるといいのですけれど・・・・・・。アスランはお料理は出来ますか?」
料理、料理とは菓子作りのことですか? 菓子は主食になりませんよ。
「ハロを作れるくらいですし、フォンダンショコラも作れますわよね? でしたら私と一緒に作って下さいませんか?」
ハロとフォンダンショコラは違います。
「お願いしますわ、アスラン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
対ラクスにおけるNジャマーはやはり正常に働いた。
何故男である自分がバレンタインチョコを作る手伝いをしなければならないのか。
心底自分が悲しくなりながらも、分解された主導権を取り戻せるNジャマーキャンセラーを持っていないアスランは首を縦に振るのだった。
2005年2月6日