戦いは、常に第一撃が大切だ。
いかに相手にダメージを与え、自分の余裕を見せ付けるか。
刃向かう気力を根こそぎ奪い、この足元に身を投げ出させるか。
それらはすべて初撃で決まる。MSの戦闘だけに限らない。交渉でも、暗殺でも、すべては最初が肝心なのだ。
だからこそは殊更に美しく微笑み、たおやかな女性の声で名を綴った。

「・・・・・・お初にお目にかかります。です」

その様子はとてもじゃないが男には見えなかった。
それはあたかも絵画から抜け出した、女神の化身のようであった。





Let's introduce my lady.





決まったな。
イザークはそう思い、冷めた目で向かいの席に座る少女を眺めた。
中流階級に属し、容姿は愛らしいが、それだけの少女。
自分の経歴にか家柄にか、しつこく付きまとってくる彼女をイザークは睥睨していた。
ほどではないが彼も女性が好きではなく、むしろエイリアンだと認識している。
広い宇宙でプラントが建築されてもなお確認されていないエイリアンは、実はこんなに近くに存在したのだ。
その証拠に言葉が何も通じない。まさに異生物。
さんは・・・・・・アマルフィさんのご親戚とお聞きしましたが・・・?」
愕然としている娘に慌てた様子で、少女の母親が取り繕うように問いかけてくる。
しかし彼女も向けられた微笑に息を呑んだ。それはとても儚く、まるで消えてしまいそうな雰囲気をまとっていて。
「はい。血の繋がりは薄いのですが、私がテロで両親を喪ったときにアマルフィ様が保護して下さったのです。その後も身体の弱い私に、何かと優しくして下さって・・・・・・本当に、なんと感謝を申し上げればいいか」
「お体が・・・・・・?」
「・・・・・・両親が亡くなったとき、私も傷を負いまして・・・」
曖昧に濁すが、弱弱しい微笑がの言葉を肯定する。
少女と母親を見つめていた眼差しがゆっくりとイザークに移され、柔らかく微笑んだ。
それは悲しみだけではなく幸福を秘めた温かなもので、イザークも自然と笑みを返す。
「その傷がまだ癒えていないときに、私はイザーク様とお会いしました」
視線を交し合う二人は、紛れもない真実の愛で結ばれた恋人同士に見えただろう。
似合いの美しさに、おそらく詩人がいたら歌でも紡いでいたかもしれない。それをミーア・キャンベルが歌うことで公共の電波に乗り、音楽ヒットチャートのランキングトップに君臨し、プラントと地球の両者で二人は永久のときを生きるのだ。
「悲しみで心を支配されていた私に、イザーク様はとても優しく接して下さいました。うちに篭りがちだった私を外へ連れ出し、世界は眩しいのだと教えて下さいました。両親もきっと、私が元気で生きていくことを望んでくれている、と」
テーブルの下で、イザークはの手を握る。
そして向かいの少女たちに顔を向け、強くはっきりと言い切った。
「私こそ、に優しさと力だけではない強さを教わりました。彼女がいてくれたからこそ私は何があろうと前を見ていくことを誓い、先の大戦を生き抜くことが出来たのです」
はっと息を呑んだのは、その戦争の凄まじさを知っているらしい両親だった。
けれどまだ幼かったのか、それとも無知だったのか、少女は我に返ったように真っ赤な顔で叫びだす。
「そんなの・・・・・・っ! あたしだってもっと早くにイザーク様と会えてたら・・・・・・!」
「それでも私の気持ちは変わらないでしょう。私にとって、だけが唯一の女性なのです」
「あたしだってイザーク様を支えられます! 戦争の辛さだって取り除いてあげられる―――・・・・・・っ」
「あなたは・・・・・・戦争というものを分かっておいでではないのですね」
少女の甲高い声を、の静かな言葉が遮る。
思わず口を噤んだ少女はを睨むが、それはもはや格の違いを認めているようなものだった。
世間知らずの我侭小娘が、メロドラマの条件をそろえた世紀の美女に勝てるはずがない。
―――しかもその美女の正体が・クルーゼならば、尚更のこと。
痛ましげにとイザークが目を伏せると、はぁ、という第三者の深い溜息がテーブルに落ちる。
見れば席についてから一度も口を開くことのなかった少女の父親が、苦渋に満ちた顔をしていた。
それはうまくいかない交渉に対してか、それとも娘の態度にか。
「・・・・・・もう止めなさい。おまえは御二方の間には入れない」
「なっ・・・・・・パパ!?」
「戦争というものは、おまえが思っているほど大義でも美談でもない。何も失ったことのないおまえでは、この二人の間に割り込むことは出来まいよ」
「そんなこと・・・・・・!」
少女は父親に食って掛かるが、その反対の席では夫の意見に同意したらしい母親が、両手を握り締めて深く頭を下げた。
「ごめんなさい、イザークさん、さん。娘が大変なご迷惑をおかけしました。辛い過去まで話させてしまって・・・本当に申し訳ありません」
「ママ!」
「もう止めなさい。あなたにはちゃんと、あなたに相応しい男性を見つけてあげますから」
「やだっ! あたしはイザーク様がいいの!」
この状況になってもなお我侭を訴える少女に、両親はあからさまに、イザークは心中で溜息を吐き出す。
そんな中、立ち上がったのはだった。
金色の髪がふんわりと揺れ、背は高いけれど細い身体が頼りなげに見えて。
次に行われた動作に誰もが息を呑んだ。
―――・・・・・・っ」
「こんなことをお願いするのは失礼だと承知しています。ですが、私に出来ることはこれくらいしかないのです」
真摯な声が胸を打つ。

「お願いします。どうかイザーク様を譲って下さい。私にはイザーク様しかいないのです。どうか・・・・・・お願いします」

躊躇いもなく頭を下げたに、少女は唇を噛んだ。
悔しげに眉が顰められたけれども、それ以上の反論は綴られなかった。



食事もそこそこに、母親の背にしがみついて離れない少女は、最後まで再び顔を見せることはなかった。
深々と頭を下げて非礼を詫びる両親に、イザークとも礼を返す。
そして一家の乗り込んだエレベーターが下がっていくのを見送り、どちらともなく呟いた。
「「・・・・・・ちょろいな」」
おまえらはどこの詐欺師だ。
一変した二人の表情を誰かが見ていたのなら、おそらくそう言ったことだろう。
深窓の令嬢といった雰囲気をまとっていたが髪をかき上げると、その仕草にも今は丁寧ではない故の妖艶さが加わっている。
凝った肩を解すように、イザークも首をぐるりと回した。
「昼食でも食べていくか?」
「こんな格好を必要以上に晒して堪るか。一階のカフェでニコルに土産を買ったらさっさと帰るぞ」
「ああ、そうするか」
互いに頷いて、上がってきたエレベーターに乗り込もうとしたときだった。
「あっ!」
「・・・っ」
下りてきた人物と、一歩踏み出していたがぶつかる。
今は一般人女性を演じているということもあり、受身を取るわけにもいかない。
イザークが手を伸ばしたが、それよりも先に腕がの身体へと回されて転ぶのを未然に防ぐ。
「すみません! 大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声に、イザークが口元を引き攣らせた。
の視界にも、過去に見慣れた赤い色が広がる。
忌々しげに舌打ちをしかけた彼らを、一体誰が咎められるだろうか。

とりあえず助けてくれたとはいえの胸をわしづかみにしているシンは、セクハラで訴えることが出来るだろう。
戦後の自分たちは不幸だ、と何度も実感してきたことを、とイザークは今再び考えずにはいられなかった。





2005年6月26日