今日も今日とて国防委員会を終え、クルーゼは議会所の廊下を歩んでいた。
今回話し合われた内容は、約半年後に控えているZAFT・地球連合合同演習についてのもの。
カリキュラムについて相談の場が持たれたのだが、先日が内々に提出してくれたプラン以上のものは出なかった。
クルーゼが示したの案は国防委員の誰をも唸らせるほどに心身のバランスが取れていて、尚且つ効率よくレベルアップを図れそうなものだったから、それも当然と言えるかもしれない。
・・・・・・・・・たとえ隠されたモットーが『質よりも量で攻めろ』、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』だったとしても、知らなければ仏。むしろ知らない方が仏。
委員たちは口々にの才覚を褒め称え、如いてはそんな彼を息子かつ秘書官に持つクルーゼを賞賛した。
その所為ではないが、心持ち機嫌よくクルーゼは己の執務室へと向かっている。
そして扉をドアノブを回したところで、聞こえてきた声に仮面の下で目を瞬いた。

「だから何度も言ってるだろうがっ! 黙って立っていてくれればそれでいい!」
「生憎だがそういう趣味はない。同僚の義理でフレイに口添えくらいならしてやってもいいが? もしくはアスランかキラからクライン代表またはアスハ代表を借り受けろ」
「そんなことをすれば国際問題になるに決まっている! 貴様、先日シャニのあの紫カレーを食べてやった恩を忘れたのか!?」
「それは俺にとってもおまえにとっても仕事だった。借りを作った覚えはない」
「ならば貸しでいい! 貸しでいいから付き合え!」



「一日俺の婚約者の振りをしてくれれば、それでいいんだっ!」



必死さを隠そうともしないイザークの声に、クルーゼは唇で弧を描いた。
例に違わず、やはり彼も人の親。
どんな形であれ息子が褒められれば嬉しいのである。

例えそれが息子の女装した姿だったとしても、褒められれば嬉しいことに変わりないのだ。





Let's introduce my lady.





「何を騒いでいるのかね、君たちは。声が外まで響いているぞ」
本当は分厚い扉越しで漏れていなかったし、がそんな些細なミスを犯すはずもない。
けれどからかいめいてそう言いながら、クルーゼは自分の執務室へと足を踏み入れた。
正面奥にある大きなデスクと、その右隣90度の位置にある一回り小さなデスク。
小さな方は秘書官である専用のもので、今も彼はそこに座って書類を手にしていた。
手前にある応接セットで声を張り上げていたイザークは、クルーゼの登場に慌てて姿勢を正し頭を下げる。
少し前までは癖が抜けなくて敬礼しかけるのが常だったが、戦後二年経つことでようやく今の挨拶にも慣れてきた。
「お帰りなさいませ、父上。お疲れ様でした」
が立ち上がり、前に進み出てクルーゼの手から書類やロムを受け取る。
「ただいま。が先日出してくれたカリキュラム案がどうやら通りそうだ。煮詰める際には同席してもらえればと思うが、どうかね?」
「父上のお役に立てるのでしたら喜んで。出来うる限り最高のプランを組んでみせます」
「期待しているよ」
スーツの襟元を少しだけ寛げ、正面のゆったりとした座り心地の良い椅子に腰を下ろす。
そして机の上で手を重ね合わせ、クルーゼは至極まっとうに微笑した。
「君たちも水臭いな。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに」
「は・・・?」
イザークが目を瞬き、が眉を顰める。
反応は違うが同時に表情を変えた二人に、クルーゼは殊更優しく笑いかけて。

「婚約おめでとう。イザーク、素直じゃない息子だがよろしく頼む。も妻としてイザークのことを支えてやりなさい。・・・・・・幸せになりたまえ、二人とも」

それはあまりに温かく、親から送り出される言葉そのものだったから、言われたとイザークは思い切り固まり。
そして次の瞬間「「違います!」」とハモって絶叫し、クルーゼの笑い声を引き出すことに成功した。



誤解を必死で解きながら、イザークとがした説明はこうだった。
イザークは先日交際を申し込んできた少女を断ったが、今もなおしつこく迫られている。
しかもどうやって調べたのだが、遺伝子上も対とまではいかないが、彼女とイザークの相性は悪くないらしい。
コーディネーターの出生率が下がっていることを大義に婚約するべきだと主張する彼女。
家柄はジュール家に及ばないものの、中々の出らしい。
無論、彼女の親はジュール家の嫡男であるイザークと娘を結婚させることが出来れば万々歳。反対する理由など皆無。
頼みの綱である母・エザリアは、「それくらい自分の手で収めてみろ」と笑いながら傍観を決め込んだらしく、いまやイザークは孤立無援。
どんなに冷たく振舞おうが、どんなに無視し続けようが、少女の攻撃は止むどころか酷くなる一方で。
ついに堪え切れなくなったイザークは、「決めた女性がいる」と言って彼女を諦めさせようとしたらしい。
そうしたら定番のごとく言われたわけだ。
・・・・・・・・・「ではそのお相手を紹介して下さい」と。



「しかしイザークは戦時中は到底そんな暇などなく、退役した戦後は戦後で仕事に忙殺され、変わり身を頼める相手はおろか、親しい女性もまったくいない」
勿体無いな、というクルーゼの呟きに男として僅かに情けなさを感じないでもないが、その言葉は見事に真実を貫いていたのでイザークは深く首を縦に振る。
「ですが先日母の使いで病院に行った際、入院していた元地球連合MSパイロットの一人が女性の写った写真を所持していまして、それが誰かと聞いたところだと答えたものですから、これはと思い―――・・・・・・」
「黄・橙・緑、どれだ」
「・・・・・・・・・緑だ」
発言を途中で遮られたが、そのあまりの声の低さにイザークはおとなしく答えを返した。
シャニか、と呟いたの声が聞こえなくもなかったが、その瞬間だけ自分はボケたのだと思うことにする。
クルーゼは満足そうに頷き、頬杖をついた。
「写っていたのは金色の長いウェーブの髪に、青い瞳の女性だろう? あれは間違いなくだ。先の大戦中に陰でいろいろと動いてもらったのだが、その際にしていた変装だな。見ただけではとてもじゃないが男とは思えなかっただろう?」
「はい・・・・・・いえ・・・」
「なるほど、それでに婚約者の振りを頼んだというわけか。もてる男は辛いな、イザーク」
からかわれていると知りながらも、かっと頬を赤く染める。
そんな初々しいイザークと、その後ろで剣呑な眼差しでどこかを睨みつけているを見比べ、クルーゼは許可を出した。

「不憫な同僚のためだ。力を貸してやりなさい、

この一言で本人がどんなに内心で嫌がっていたとしても、『イザークの一日婚約者』は決定されたのである。





一方その頃、洗濯表示マークの解読と分類法を予習していたトリオはというと。
「・・・・・・・・・・・・シャニさん・・・これ、誰?」
「・・・俺の恋人」
「何言ってんだよ、シャニ! は僕の彼女!」
「見せろよ、アウル・・・・・・ってすごい美少女だな・・・」
「シャニもクロトも馬鹿言ってんじゃねぇよ。前の大戦のときに知り合っただけだろ」
「そんなことないもんね、は未来の僕のお嫁さんだから!」
「俺のハニー・・・・・・」
「アウルもスティングも何黙ってんだよ。まさか惚れたのか?」
「「!!」」
からかいめいた言葉にアウルは一瞬で顔を染め、スティングははっきりと息を呑んだ。
その反応に逆にオルガたちも目を平らにして沈黙する。
言いようのない気まずい空間の中で、ステラは一人首を傾げていた。





2005年6月17日