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レイが『アキノ・クドウ』という存在を初めて知ったのは、アカデミーに入学した直後だった。
先の大戦の真っ只中、最前線でプラントを守り戦っていたクルーゼ隊。
ラスティ・マッケンジー、ミゲル・アイマン、ニコル・アマルフィという名だたるパイロットたちが負傷によって戦線離脱し、アスラン・ザラ、ディアッカ・エルスマンらが第三勢力に移る中で、最後までザフトとして戦い続けたイザーク・ジュールとアキノ・クドウ。
彼らはザフトの軍人たちにとって光だった。明るい未来の象徴、自分たちも立ち上がろうと勇気付けてくれる存在。
戦績からすれば隊長を務めたイザークの方が軍人として華々しいだろう。
けれどレイの目には、クルーゼを立て、常に彼の望むとおりに事をなし、表ではなく陰でプラントを守りきったアキノの方が眩しく映った。
それはレイ自身に、ゆくゆくは養父であるデュランダルの補佐をしたいという思いがあるからかもしれない。
だからこそアキノの活躍が輝いて見え、彼の成したことを知れば知るだけ素晴らしいという気持ちを抱いた。
情報でしか知らない『アキノ・クドウ』を尊敬した。この人のような軍人になりたい。

いつか『アキノ・クドウ』に認めてもらえるような人間になりたい。
レイはずっとそう思ってきた。





Goddess, please turn here!





『どうして貴方は俺を避けるのか、その理由をどうかお聞かせ下さい』
おそらく決死の思いでその言葉を口にしたのだろう。
シンの位置から見えるレイの横顔は強張り、いつもの静かな表情からは想像できないほどの緊張を湛えいる。
知らず自分まで不安になってきて、シンは心中で「レイ、頑張れ!」などと声援を送った。
片やイザークはレイを眺めた後でアキノに視線を移し、深い溜息を吐き出した。
アキノの横顔は今や不機嫌と嫌悪で彩られている。戦時中でもほとんど見なかった静かで確かな負の感情に、爆発が近いことを否応でも悟る。
思わず目頭を押さえ、イザークは心中で「レイ・ザ・バレル、骨は拾ってやるぞ・・・」などと冥福を祈った。
不可思議な沈黙と重圧にブリーフィングルームが静まる。
形の良いアキノの唇が、辛辣に開かれた。



「それはですねぇ、君がある人に似ているからですよ」



「・・・・・・・・・アズラエル理事」
場に広がった声はアキノのものではなく、本来ここにいるべき存在ではないもの。
誰もが弾かれるように振り向いた中で、アキノはソファーから立ち上がり背筋を伸ばす。
微笑を湛えながらメイリンとシンの間を抜け、レイの前に降り立ってアズラエルはもう一度わざとらしいほど丁寧に繰り返した。
アキノが君を嫌うのは、君がある人に似ているからですよ。アキノの一番大切な・・・・・・あの人に、ね」
「・・・っ・・・・・・それ、は・・・」
「アズラエル理事、失礼ですが憶測で物事を図るのはお止め下さい。自分はレイ・ザ・バレルを特別忌避しているわけではありません」
レイが尋ね返そうとするのを止めさせるがごとく、アキノが強引に会話に参入した。
「おやおや、今更何を言うんだか。大丈夫ですよ、この子をいくら嫌ったとしても君の可愛さは損なわれませんから」
「お褒め下さりありがとうございます。グラディス艦長とのお話はもう終了されたのですか?」
「ええ、とっくに。君たちがどこにいるのか探してたんですよ。ステラ、もう写真は撮りましたか?」
「まだ・・・・・・」
「じゃあちゃっちゃか撮りましょう。そこの君、シャッター押してくれます?」
「あっ、はい!」
アズラエルが場を仕切り、ステラの持っていたカメラをシンへと放る。
ほとんど無理やり肩を捕まれたアキノは、アズラエルとステラに挟まれるようにして写真を撮られた。
他にもそれぞれと、アキノ一人でと、ルナマリアやメイリンと、先ほどの答えを考えているらしいレイと。
強引に腕を引かれてアキノの隣に並ばされ、シャッターを切られながらイザークは頭をめぐらす。
先ほどアズラエルは、アキノがレイを嫌う理由は『レイがアキノの一番大切な人に似ているから』だと言った。
イザークの知る限り、先の大戦直前に初めて顔を合わせたときから、戦時中も、停戦後も、アキノが慕っているのは唯一人だ。
レイたちはまだアキノと知り合って日も浅いから分からないだろうが、イザークには簡単に分かった。ずっとクルーゼ隊で一緒だったのだ。
頭の中にかの人の顔を思い浮かべる。
目の前で渡されたカメラのシャッターを押すレイの顔を見る。
金色の髪。
青い瞳。
造作の整った顔立ち。
もしかして、もしかすると。



あの仮面の下は、レイ・ザ・バレルと同じような顔なのか・・・・・・?



その考えに至った瞬間、イザークは思い切りアキノの胸倉を掴んでいた。
接近したその瞬間を逃さず、誰が押したのかシャッターが光る。
「馬鹿か貴様はっ! まさかそんな子供じみた理由でレイのことを嫌っていたのか!?」
間近で怒鳴られたアキノは眉間に皺を寄せ、けれど不貞腐れたように口を開く。
「・・・・・・・・・子供じみた理由じゃない。正当なる主張だ」
「どこが正当な主張だ! いくらなんでもそれじゃレイが可哀想だろうがっ!」
「それこそどこが可哀想なのか説明してみろ。そいつの方が後に生まれたのだから、そいつが悪いに決まっている。コーディネーターは遺伝子操作が可能なのだから、胎芽の時点で手を加えなかったそいつが悪い」
「手を加えるのは親だろう! 世の中には似た人間が三人いるというくらいだ! いい加減に割り切れ!」
「ならば残りの二人を整形させるまでだ」
「じゃあ貴様はレイが整形したら普通に接してやるのか!?」
がなり散らしたイザークの言葉に、アキノは何かを考えるかのように視線を逸らす。
訪れた沈黙に回答を知り、イザークは手を離して荒々しくレイを振り返った。
「おい、貴様! 気にすることないぞ! こいつは自分のくだらない我侭を貴様に押し付けているだけだからな!」
「で、ですが・・・・・・」
「たとえ貴様が髪を染めようが整形手術を受けようが、こいつは嫌い続けるに決まってる! ならば一生その顔でアキノを苛立たせ続けろ!」
アキノを理想としている自分にとってはあんまりな台詞に、レイはがっくりと肩を落とした。
けれどどうしても分からないことがあって、顔を上げる。
にやにやと傍観しているアズラエルは無理だろうが、目の前で頬を高潮させて怒りを表しているイザークならば教えてくれるかもしれない。
一縷の望みをかけて、レイは問いかけた。
「・・・・・・俺は一体、どなたに似ているのですか?」
「そんなの決まっているだろう! 貴様はク―――・・・・・・・・・っ!?」
勢いに任せて答えたイザークが吹っ飛んだ。
目の前の人物が突如消えうせ、レイは呆け、シンは目を見開き、ルナマリアは息を呑む。
メイリンは小さく悲鳴を上げ、ステラは目を瞬き、アズラエルは笑った。
無重力ということが幸いしてイザークは壁にぶつかる直前で身を反転したが、それでもダメージは避けられなかった。
視界を掠めた影にどうにか防御を構えることができたのは、長い間デュエルを駆り続けた杵柄かもしれない。
それでも久しぶりの衝撃に、痛みを訴える脇腹を押さえた。
上げていた足を下げ、白い隊服の裾を翻してアキノは口を開く。
「今の蹴りごときが避けられないとは・・・・・・衰えたな、イザーク」
「な・・・っ!」
イザークは声を荒げるが、今のを避けられる人はいないと思います、とシンは思う。
付き合いが長く、アキノの戦闘を見ているだろうイザークだからこそ避けられたのだろうけれど、自分ならば肋骨を折っているかもしれない。
『かつての赤服』ってすごいなぁ、と違うところでシンは感心する。
「それではアスランにも勝てるまい。一生負け犬のままか・・・・・・おまえにはそれも似合いだろう」
アキノ貴様・・・! その台詞、今すぐ撤回しろ!」
「それだけの実力がおまえにあるのなら、してもいいが?」
「ならば証明してやるっ! ナイフ戦で勝負だ!」
「いいだろう、射撃でも模擬戦でも何でも付き合ってやる。それでおまえが勝てるのならな」
「・・・っ! 大体貴様の物言いは昔から気に食わなかったんだ! 今日こそ目に物を見せてやるっ!」
「それは楽しみだ」
逆撫でるように唇を歪めたアキノは、彼の『一番大切な人』にそっくりだった。
けれどそれに気づかずに、イザークは足取り荒くブリーフィングルームを出て行く。
その後ろ姿を見やり、アキノはアズラエルに向き直ると丁寧に頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。ドッグまではシンたちがご案内いたします。理事の航程が穏やかであるようお祈り申し上げます」
「写真が出来たら届けさせますよ。『あの人』にもどうぞよろしく」
「・・・・・・承りました」
頷いたアキノの袖を、ステラがぎゅっと握る。
まるで捨てられる動物のような眼差しで自分を見てくる彼女に、アキノは一瞬思案した。
そして導き出した結論を行動に移す。
「「「あ――――――っ!」」」
「―――っ!」
ルナマリア・メイリン・シンが叫び声をはもらせ、レイは息を呑む。
そんな彼らを無視し、アキノは珍しく小さな笑みを浮かべて。
「気をつけて行け」
「・・・うん。またね、アキノ」
口付けされた頬を染めて、ステラは嬉しそうに笑った。



この後、挑発されたイザークはひたすらアキノに対戦を申し込み、レイが話しかけようとすると「後にしろ!」と言い捨てるようになる。
けれどイザークがアキノに勝てる様子はなさそうで、彼の言う『後』がいつになるのかレイには予測が出来なかった。
ルナマリアとメイリンはアキノがステラの頬に送ったキスについて騒いだり文句を言ったり憶測を立てたりと忙しく、話を聞いてくれない。
しかもいつの間にかシンがアキノとイザークに懐いたらしく、二人から戦術の教えを受けているところを目撃してしまうなど、まさに踏んだり蹴ったり。
――――――こうして。

「・・・・・・・・・整形、するべきだろうか・・・」
レイが鏡に映る己に自問自答しているうちに、ミネルバ第二航路巡回はつつがなく終了したのだった。





2005年4月8日