小型シャトルから降りてきた二人を、ミネルバのクルーたちは敬礼して迎えた。
淡いブルーのスーツを着た細身の男は、余裕ある微笑でそれを当然のように受け止める。
軽く床を蹴って近づいてきた相手を、は手を差し出して受け止めた。
「ご足労頂き誠にありがとうございます、アズラエル理事」
「いいえ、こちらこそさっきはありがとうございました。いやでも君、本当に白服が似合ってますねぇ」
「お褒め頂き光栄です。それでは僭越ながら艦長室までご案内いたします」
「あぁ、いいですよ。勝手に行きますから」
さらりと告げての手を離すと、アズラエルは代わりのものを握らせた。
じっとそれを辿っていくと、色白の腕に改造されたピンク色の隊服、そして表情が少ないながらにも嬉しそうな瞳があって。
「ステラはさっきの戦闘で頑張りましたからね、ご褒美ですよ」
艦長さんには僕から事情を説明しときますから。
そういって適当な技術スタッフを捕まえ、アズラエルはさっさと奥へ進んでいく。
傍で共に出迎えていたイザークは、その様子に僅かながら眉を顰めた。
の腕には、『ご褒美』をもらって上機嫌なステラがぴったりとくっついている。
Goddess, please turn here!
「―――じゃあ、今回のことは全部クルーゼ国防委員長が仕組んだことなのか!?」
信じられないというシンの声に、メイリンはこくりと頷いてブリッジで知りえた情報を披露する。
「艦長が言ってたの。今回のことはクルーゼ国防委員長とアズラエル連合理事が仕組んだことだって。国防委員長がクルーゼ秘書官とジュール秘書官をミネルバに搭乗させて、理事が囮になって『R.I.S』を誘い出す。それで一網打尽にする計画だったんだって」
「何それっ!? じゃあ私たちって出撃損じゃない!」
「いや、クルーゼ秘書官がその計画をご存知ならば、最初から自分で出られただろう。ジュール秘書官にしたって同じだ」
「だけどそうしなかったってことは、二人も知らなかったってこと?」
「おそらくな」
へぇ、とメイリンとシンが頷く。
ルナマリアは先ほどの怒りがまだ収まっていないのか、手に持っているドリンクをきつく握り締めた。
「だけどそれって、要は国防委員長は私たちよりあいつらを評価してるってことでしょ。今の赤服は私たちなのに・・・っ」
「・・・・・・仕方ないだろう。今回のことでよく分かった。俺たちはかつての赤服に及ばない」
かつての赤服。ザフト内でその語が示すのは唯一つだ。
先ほどの戦闘を思い返し、レイの言葉にシンも悔しそうに俯く。
ザフトの最新艦はミネルバだが、この艦をアイマン隊に与えるべきだという意見もあったのだ。
『かつての赤服』が数名所属する、最強と名高いMS部隊に。
「もしかしてあの二人、このまま復隊するのかなぁ・・・・・・?」
呟いたメイリンの声はどこか明るく、期待を含んでいた。
聞こえてきた声に、とイザークは思わず足を止めた。
の腕にしがみついているため自然と止まることになったステラは、不思議そうに隣を見上げる。
けれど彼はイザークの方を向いていて、その表情を伺い見ることは出来ない。
「したいならしろ」
「してたまるか。俺は母上の跡を継ぐ。貴様こそ今復隊すれば艦の一つはもらえそうだぞ」
「父上のいないザフトになど戻る意味もない」
当事者たちからしてみれば当たり前の結論を下し、三人は休憩室へと足を踏み入れた。
きっと今頃、艦長室ではアズラエルがタリアを相手に事の顛末を話しているのだろう。
この航海で分かったことだが、タリアはクルーゼに及ばないものの指揮官としては優秀だ。
けれど今回ばかりは相手が悪い。立場に差がある上、口を使った交渉でアズラエルの右に並ぶことが出来るのは、デュランダルとクルーゼくらいのものだろう。
すべてのナチュラルがアレと同じだと思わなければいいが。
心中で失礼なことを考えながら、は自販機で購入した紅茶のボトルをステラに差し出す。
嬉しそうに口をつけた彼女の横に座り、無表情の顔でさらりと周囲を見回した。
「―――で?」
の声に、シン・レイ・ルナマリア・メイリンはびくりと肩を震わせる。
自分たちが入室してきたときから敬礼したままの彼らに、イザークは鷹揚に手を振り、それを止めさせた。
ちらりと視線をやれば、は硬質な美貌をそのままに彼らを見据えている。
その横顔は戦時中のものとよく似ていて、イザークはこれからのシンたちを哀れに思う。
「先程の失態に関してはどう言い訳するつもりだ? 俺は護衛に下がれとは言ったが、仲間内で口論しろとは言ってない。戦闘中の任務放棄はかなりの確率で死を意味することを、まさか知らないとでも言うつもりか?」
冷ややかで高圧的な口調は、イザークがクルーゼ隊に配属されたときから変わらない。
そういえば自分は何度も食って掛かったな、とイザークはつい過去を振り返る。
の言葉は大抵の場合において冷静に事を述べている。だからこそ理詰めで反論することは難しい。
元クルーゼ隊員は黙って受け止める者が多かったが、果たしてこいつらはどうか。
少々興味深げな眼差しで、イザークは成り行きを見守る。
「・・・・・・お言葉ですけど」
まっすぐに挙手して口を開いたのは、やはりと言うべきかルナマリアだった。
その際にこくこくと紅茶を飲んでいたステラが、じっと瞳を上げる。
「私たちは出撃前に、アナタにお時間を頂きたいと申し出たはずです。それを拒否されたことが気になって戦闘に集中できなかったんですから、全部アナタの所為じゃないんですか?」
暫時とはいえ白服の上官に対する言葉ではない。
レイが窘めようとするが、それよりも早くは答えた。
「つまり、さっきの戦闘でおまえが死んでいたら、それは俺の所為だと言うわけだな?」
「―――そこまで言うつもりはないですけど・・・」
「戦場に出るからには、己の行動は己の意思だ。それすら出来ないのなら軍人なんかさっさと辞めろ」
「な・・・っ!」
「俺たちはおまえらの子守をするために来たわけじゃない」
容赦のない言い回しに、レイ・シン・メイリンは俯いた。
けれどルナマリアだけは逆に顔を上げ、へと詰め寄る。
「あんた―――・・・・・・!」
「それで? 俺に用事があったんだろう? 早く言え」
「〜〜〜〜〜〜どうにかしなさいよっ! その性格!」
「おまえに言われる筋合いはない」
常々思っていたことだが、はクルーゼがその場にいるか否かで大いに性格が異なる。
今更なことにイザークは気づき、手の中のドリンクを飲み干した。
空になったケースを捨てようと立ち上がれば、目の前を自分のものではない空の器が漂っていく。
振り向けば、ルナマリアとの間を遮るようにして立ち上がったステラの姿。
「・・・のこと悪く言う人、ゆるさない・・・・・・」
乙女による第二ラウンドが、今まさに始まろうとしていた。
喧々囂々、ぎゃあぎゃあわあわあ。
本来ならば少女二人ということで黄色い声が上がってもしかるべきだろうが、今の状態はそれらを当に越している。
怒りと苛立ちのままに声を荒げるルナマリアと、めずらしく言葉を連ねて反論するステラ。
その内容は先ほど戦場で聞いたものと大差なく、は眉を顰めて彼女らの声をシャットアウトする。
「・・・・・・あのっ・・・クルーゼ秘書官!」
意識の切り替えで静かになった聴覚に今度は別の声が入り込んできて、は無感情に顔を上げた。
初めて自分だけに視線を向けられ、メイリンはかぁっと頬を染める。
顔が熱くなるのを自覚しながら、胸の前で手を握り締めて。
「あの、せ、先日はミネルバまで送って頂き、どうもありがとうございました! 御礼を申し上げるのが遅くなってしまい申し訳ありません。それと、ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした!」
メイリンが勢いよく頭を下げると、彼女のツインテールも同じようにふわりと揺れる。
まるで尻尾のようなそれを見やり、は軽く首を横に振った。
「あれは父上―――クルーゼ国防委員長の指示だ。礼を述べる必要はない」
「で、でも・・・・・・うるさかったですよね・・・?」
「ああ、とてもうるさかった。だがそれも仕事のうちだ」
正確に言えば仕事のうちだと思うことで、ルナマリアの姦しさも昇華した。
元はといえばクルーゼが楽しがって彼女らに手を貸したのが悪いのだし、けれどそれがクルーゼの望みならは決して拒まない。
だから車内でのルナマリアとメイリンの喧しさも、その後のルナマリアとの口論も、そのおかげでレイと顔を合わせてしまったのも、ミネルバに搭乗したことも、白服を着たことも、パイレーツと遭遇したことも、アズラエル理事に掌で踊らされたのも、久しぶりに戦場に出てしまったのも、企みどおりパイレーツを撃破してしまったのも、ステラをこの手に握らされたのも、今現在ルナマリアとステラがぶつかりあっているのも、すべてすべてクルーゼの望んだことから派生したのならばは拒まない。
・・・・・・・・・たとえその過程でどんなに疲弊感を覚えようとも、クルーゼが喜ぶのならそれでいいのだ。
どこか諦観したような思いをはせていたは、再び発された声に振り返る。
「あの・・・・・・っ!」
見ればメイリンが先ほどと比べ物にならないくらいに顔を真っ赤にしていた。
握り締めた手は震えていて、それでも赤い唇を開く。
「ク、クルーゼ秘書官は・・・・・・恋人とか、婚約者とかっ! い、いるんですか!?」
部屋が沈黙に包まれた。言い争っていたルナマリアとステラもいつの間にか戦いを止め、ぐるりと首をこちらに向けている。
半ば傍観体勢に入っていたイザークとシンはともかく、レイは何故か息を詰めている。
は片眉を跳ねさせたが、熟考したところで返答が変わるわけもないので端的に答えた。
「いない」
「あっ・・・・・・・ありがとうございます!」
メイリンが嬉しそうに表情を輝かせて礼を述べる。
ルナマリアは「いないんだ・・・・・・」と零し、そのすぐ後に自分が何を呟いたのか気づいて焦ったように口を押さえ、ステラはどこか不満そうにピンク色の唇を突き出した。
それらを眺め、イザークは同情的な眼差しを彼女らとに向ける。
けれど視界の隅で動いた存在に顔をそちらへと向けた。
静かに前に立った相手にはあからさまに顔を歪め、その表情を見てイザークは軽く驚く。
が感情を表に出すことは滅多にない。しかも、今のような仕事中は特に。
「・・・・・・自分からも一つ、お聞きしたいことがあります」
丁寧な、けれど聞くものが聞けば不安に溢れていると分かる声音がブリーフィングルームに響く。
「どうして貴方は俺を避けるのか・・・・・・その理由をどうか、お聞かせ下さい」
金の髪を無重力に浮かし、青い瞳でひたと見つめてレイは尋ねる。
その必死の眼差しを一瞥し、は忌々しげに舌打ちした。
2005年4月3日