何度トリガーを引いたことか。そんなのもう分からない。
だけど敵MSは減るどころか更に激しい攻撃を繰り出してくる。
時に味方すら巻き込みそうなそれは、シンにとって初めてのものだった。
『―――このっ! よくも舐めた真似を!』
通信越しにルナマリアの怒号が聞こえ、次いでレイの沈着な声が届く。
『落ち着け、ルナマリア。被弾しているだろう、無理はするな』
『うるさいわねっ! しつこいのよ、こいつら!』
『母艦が近くにいるんだろう。供給が早い』
「何だよ、それ!」
思わずシンも苛立ちを吐いた。かけられたロック音のアラートが、焦りと不安を増長する。
「くそっ! 演習ではこんな―――・・・・・・っ!」
ともすれば震えそうになった瞬間。

グレーとグリーンの機体が、シンの両脇を駆け抜けていった。

「え―――!?」
慌てて手元の座標を確認すれば、やはりそれらはミネルバに搭載されていたザクファントムとガナーザクウォーリアで。
高速で敵陣へと突っ込んでいった二機は、すぐさま左右へ分かれたかと思うと派手な光をいくつも起こし、敵MSを破壊していく。
まるでダンスを踊るかのように優雅な舞。一撃で数機は落としているその様にシンは見惚れた。
『あれは・・・・・・』
『誰よ、あれ!?』
レイとルナマリアの声に応えるかのように、ガナーザクウォーリアから通信が開かれた。
白い隊服と漆黒の瞳に息を呑む。
『ミネルバ三機と連合ウィンダムに告ぐ。すぐに戦陣を離れ、ルナマリア・ホークとレイ・ザ・バレルはミネルバ、シン・アスカとステラはガーティ・ルーの護衛につけ』
無表情で冷ややかに告げる様子は。
『奴らは、俺とイザークでやる』

美しく無機質に告げる様子は、ザフトの伝説と化している『』の姿だった。





Goddess, please turn here!





ガナーザクウォーリアから放たれるM1500オルトロス長射程ビーム砲が、敵MSを撃ち破り、拡散させる。
その隙を逃さず、ザクファントムから繰り出されるビームトマホークがジンを切り裂く。
言葉にすれば簡単だが、それら一連の動作はすべて無駄がなく、かつ高速に行われた。
見る間にパイレーツの数が減っていく。容赦のない攻撃にシンは背筋が凍るのを感じたが、ふと目を凝らすことで気づいた。
二人はコクピットを明確に狙っているわけではない。むしろ相手の手足をもぎ取り、反撃出来ないようにしている。
「あれが・・・ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力かよ・・・・・・」
自分には到底出来ない戦いに、シンはただ見入ることしか出来なかった。
操縦桿を握る手に力がこもる。自分も、あんな風になることが出来るだろうか。
『―――シン、ガーティ・ルーへ行け。ルナマリア、ミネルバまで戻るぞ』
「あ・・・・・・うん」
小さく映った映像のレイに指示され、シンは方向を変える。
少し離れた場所で戦闘していたウィンダムも戦列を離れたので、その後を追うように青い戦艦へと向かう。
その間もシンはずっととイザークの戦いに目を奪われていたが、突如耳に入った大声に思わず肩をびくつかせた。
『いや! 私は行かないわよ!』
『・・・・・・ルナマリア』
『大体何であの二人が出てきたのよ! 確かに今はミネルバのクルーだけど軍属じゃないじゃない!』
『仕方がないだろう。俺たちではやられていたかもしれない』
レイの言葉に、ルナマリアもシンもぐっと言葉に詰まった。
目の前で繰り広げられている戦いは、自分たちには到底及びも着かない次元のものだ。実力の差は明確だし、でしゃばれば足手まといになることは判っている。
素晴らしい。だけど負けたくない。湧き上がってくるライバル心。
これもパイロットが持つべき素質だと言えば聞こえは良いが、本当は自分たちを見てもらいたいと願う子供の我侭だということをシンは知っている。
『確かにそうだけどっ・・・・・・でも黙ってられるわけないでしょ! あいつ、散々私たちのことを無視してんのよ!?』
あぁ、結局はそこか。
シンは心の中でそう思い、苦く笑った。
『・・・・・・・・・仕方がないだろう。クルーゼ秘書官はお忙しいんだ』
フォローするレイの声も、どこか哀愁が滲んでいる。
もしかしたら言葉にすることで自分を慰めているのかもしれない、とシンは思った。もしそれが本当ならひどく可哀想だ。
『忙しいったってミネルバに乗ってからは時間くらいいくらでも取れたじゃない! 現にヴィーノたちが部屋に行ったらくつろいでたって言うし!』
『久しぶりの艦でお疲れだったんだ』
『たった一言よ!? 部下の謝罪に耳を貸せないだなんてそれでも上官なわけ!?』
『何かお考えがあるんだ、クルーゼ秘書官は』
『っていうか何でレイはあいつのフォローばっかするの!? まさか惚れてるんじゃないでしょうね!』
『―――っ!?』
パイロットとしての力量ならレイの方が上だけれど、口喧嘩の軍配はルナマリアに上がった。
だが自分もルナマリアには勝てないのだから大丈夫、とシンはどこか諦観した笑みでモニターに映るレイを見つめる。
相手が動揺した隙にルナマリアは矛先を変えた。
『ちょっと・クルーゼ! 聞こえてるんでしょ!? 返事くらいしなさいよ!』
相手が上官だということを完全に忘れ去っている大声。
けれどそれに関しての返答は、意外なところから返された。
『・・・・・・うるさい・・・』
「え?」
小さな、どこかぼんやりとした印象の声。
高いそれは鈴のようで、次いで新たなモニターが開かれる。
初めて見る金髪の少女の姿に、シンは目を見開いた。
同じ映像が繋がったのか、ルナマリアやレイも驚いた顔をしている。
独特な雰囲気を持っている少女は、不機嫌なのか座った瞳でじっと見てきて、シンは思わずシートの背に後ずさる。
『・・・は、悪くない。これ以上悪口言ったら、許さないから・・・・・・』
『なっ・・・!』
呼び捨てに反応したのか、親しさに気づいたのか、ルナマリアの怒りの矛先が少女へと向かう。
『あんたには関係ないでしょ! っていうか誰よ、あんた!』
『・・・・・・ステラ・・・』
『名前聞いてんじゃないわよ! あんたはあいつの何かって聞いてんの!』
うわぁ、と呟いたのは果たして誰だったのか。
シンはもはや傍観態勢に入ることを決めていた。

繰り出される弾丸がパイレーツのMSを撃ち砕いていく。
すごいなぁ、とシンは思う。すごいなぁ、クルーゼ秘書官とジュール秘書官。
『あんた、もしかしてウィンダムのパイロット!? 地球連合の人間が何であいつを知ってんの!?』
『・・・・・・あなたこそ、誰・・・』
『ルナマリア・ホーク! ザクウォーリアのパイロットよ! それであんたは!?』
『・・・ステラ・・・・・・ステラ・ルーシェ・・・』
『だから名前聞いてんじゃないって言ってるでしょ! あんた、あいつの何なのよ!』
・・・・・・ステラ、仲良し』
『仲良し? ふーん、何だ、それだけの関係? じゃあ大した事ないわね』
『・・・・・・・・・・・・・・・無視されてるくせに・・・』
『う、うるさいわねっ! レイほどじゃないわよ!』
『な―――・・・っ! ルナマリア! 何故そこで俺を引き合いに出す!?』
『だってレイは議長を通して知り合いなのに、全然話しかけてももらえないし答えてももらえてないじゃない! これを無視じゃなくて何て言うの?』
『・・・・・・クルーゼ秘書官には、何かお考えがあって・・・・・・っ』
『そんなわけないでしょ! 嫌われてんのよ、ただ単に!』
『!』
『・・・・・・嫌われてる・・・』
『!!』
『あーあ、レイってば可哀想!』
ルナマリアが声高に笑う。
あぁそうか、レイは可哀想なのか。それは可哀想だよな。
シンは三人の言い合いを聞きながら、ぼんやりとそんなことを考える。



『『うるさい! 余計なことを喋ってないでさっさと戻れ!』』



つんざくような怒号に慌ててモニターを見れば、遠くの方でパイレーツの母艦が爆発する大きな光が見えた。
気づけば周囲に稼動しているMSはない。残っているのはただ、ザクファントムとガナーザクウォーリアだけで。
「そっか・・・・・・戦闘、してたんだっけ・・・」
シンは今更ながらにその事実を思い出したのだった。



ところかわってミネルバブリッジ。
『あははははははは! あははははははははははっ!』
モニターの向こうで腹を抱えて大爆笑のアズラエルと、指揮官席で頭を抱えるタリアがいた。





2005年3月27日